目にすれば幸せが訪れる。
そんなドクターイエローに試乗できるのであれば、招き寄せられる幸は計り知れない。
だから迷うことなく8月に実施される大阪東京間の試乗の抽選に2席分を申し込んだ。
その発表が午後4時に行われた。
結果は落選だった。
もう十分に幸せでぱんぱん。
だから落選もやむなし。
そう受け止め、夕刻5時過ぎからランニングに出た。
容赦ない日中の暑さも夕刻になると影を潜めた。
川べりに吹く風は柔らかで微かに涼味を含み、その分カラダも軽やか。
走ることがとても楽しいと感じられた。
走り終えて、まだ空が明るい時刻、家に戻ると家内が散策先から一足先に帰宅していた。
ドクターイエローの結果を伝えると、残念といった表情を一瞬は浮かべたが即座、それで空いた日程に別の旅行を盛り込んだ。
次の瞬間にはドクターイエローのことは意識のどこか遠くへと消え去っていた。
パンチを貰ったら、すかさずその三倍のパンチを打ち返す。
そんなアグレッシブカウンターの使い手のように、家内は劣勢をさえ機と捉えて優位を保つ。
わたしの用心棒はかなりの凄腕なのだった。
家内の手土産を夕飯とし、わたしは飲まず家内も飲まず、はてさて、することがない。
では、と家内に誘われ、映画館へと赴いた。
西宮ガーデンズまでクルマで5分。
あっという間に舞台は家のリビングから、「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE」の世界へと移り変わった。
相変わらずぶっちぎりの面白さで、わたしは心の底から歓喜した。
はじめて「ミッション・インポッシブル」を観たのは27年前、イギリスを一人で旅していたときのことだった。
あれから続編を欠かさず観るが、「ミッション・インポッシブル」はいつだってぶっちぎりで、今回もまたぶっちぎりなのであるから、これはもう震えるしかないという話であった。
27年前の夜、イギリスの映画館でわたしは一人だったが、映画を観ようと集まる夫婦連れや家族の雰囲気から彼の地において映画館が特別な場所なのだということが十分理解できた。
そのとき向こう側に見えていた喜びが、いまはわたしの側にもあった。
映画館を後にし、家内が言った。
次は「バービー」を観よう。
「バービー」でも「リトル・マーメイド」でも何でも。
映画館が近くにあって、なんて幸せなことだろう。
帰途のハンドルを握りながら、27年前に触れた人々の華やいだような表情をわたしは思い出していた。