朝の9時、ドライバーのイさんがホテルまで迎えに来てくれた。
ちょっと離れた港町にとても美味しいあわび粥の店があるとのことで、風光明媚な海岸線を一時間ほど走った。
海水浴場があって海宿が連なる地域の一角に店はあった。
田舎町なのにクルマが多い。
土曜日の朝、あちこちからアワビを食べに人が押し寄せる。
アワビ粥は韓国人の国民食なのだった。
獲れたてのあわびが店先で調理されていた。
目にしたとおり、出されたあわびはすべて新鮮で甘みがあって柔らかく、わたしたちはたちまちのうちその味に魅了された。
こんな機会は逃せない。
だから刺身をお代わりしたが、あわび粥は鍋いっぱいの分量で二人前を三人で食べるのがやっとだった。
美味体験の余韻にひたりつつ、今度は龍宮寺へと向かった。
海に面して建つこの寺院で手を合わせれば願い事がひとつ叶うとのことだったので、わたしたちは息子が幸せでありますようにとだけ念じた。
ブッディストと思しき欧米人の姿もちらほらあって、彼らも熱心にあれこれ願いごとをしているようだった。
まもなく昼という時刻。
イさんが言った。
この近く、梁山というところに抜群に美味しいサムギョプサル屋がある。
しかしあわびでお腹が膨れて昼食などとても喉を通るような状況ではなかった。
だから観光のため市街地へととって返してもらった。
X the SKYの展望階から411mの眺望を楽しみ、数百年前から狼煙台としての役割を果たしてきた標高427mの荒嶺山にイさんと一緒に登って、釜山の街を一望した。
そこから海へと向かい五六島を見物し、最後に甘川文化村を訪れた。
何が面白いのか、観光客が多く集まるなか、入り組んだ急斜面を上がったり下がったりしてついには疲れ果てた。
だから観光のラストはマッサージで決まりだった。
イさんが勧めるマッサージ屋はタワーヒルホテルの中にあった。
その前でイさんと記念写真を撮り、次の再会を誓い合った。
旅が充実したものとなったのはイさんのおかげであり、車中、いろいろな話を聞かされ最後には古くからの知り合いとでもいった間柄になったように感じた。
マッサージの技術は日本より上ではないだろうか。
テキパキとスピーディで、その端的明快な施術で疲労が見る間に駆逐されていった。
生き返ったと喜び合いつつ、通りの並びにあるナッチの店で生タコと炒めものとチヂミを食べたのであったが、場所柄、そこは日本人が多く、わたしたちにとってはどことなく物足りない食事となった。
せっかくだからもっとディープな場所、地元民らが集うような店で食べよう。
そう意見が一致し、チャガルチ方面へと歩を進めた。
混み合う店があって、中を覗くとうなぎのようなものを皆が笑顔で頬張っていた。
調べてみると、ヌタウナギという食材でどうみても不気味な風体であったが度胸を決めて中へと入った。
盛られた品もより一層不気味であったが、昔から食べ慣れたご馳走でもいただくかのように夫婦で励ましあって笑顔を作って頬張った。
味はともかく、彼の地の民の活力源を体内に取り入れていることには違いなく、そう思うとだんだん美味しく感じられたから不思議であった。
食の本質について、ちらと感知した夜であったと言えるだろう。