街へと出れば至るところで目にすることができる。
年格好は女房と同じくらいだろう。
結構大勢の人が働いている。
長男がお腹に宿って勤務先を辞して以来、女房に働いてもらったことがない。
自営業であるから手伝ってもらうことはあっても、強度があまりに異なって世間でいうところの勤労の範疇には入らないだろう。
外に働きに出れば程度の差はあれ降ってかかる風雪は避けられない。
決して過小に見積もることなどできないそれら負荷がのしかかれば多少なりとも疲弊する。
だから外での勤労と無縁で過ごせるのであれば、それはそれで結構なことだと見ることもできるだろう。
そんなことを思いつつ、月曜の出だしからちょいと忙しくて疲労を感じたので南森町での業務の後、天神橋商店街でマッサージを受けた。
疲れが取れたからこのあと飲んで帰る。
そう言って店を出るわたしに「あまり飲みすぎないようにね」とマッサージ屋のおばさんが温かい言葉を掛けてくれ、身体だけでなく心までほぐれた。
JR東西線で帰途に就き、久々に立花で途中下車して正宗屋の暖簾をくぐった。
あてとして刺身から入ったのであったが、やはり美味しい。
それで勢いづいて、わたしは懐かしのメニューを順々に頼んでいった。
隣の席は曰く有りげな中年のカップルで、わたしとは好対照。
一品を二人で分けて食べていた。
昔からわたしはそういった小さな頼み方が真似できない。
次々と数を頼んでそれで酒宴が楽しく成り立つといった嗜好であるから、女房もそれに慣れ、同席すれば必ずテーブルが所狭しとなる。
が、いまこの場では一人であるから、わたしは背を丸め一品ずつひとりでつついてビールを飲んだ。
そしてふと思ったのだった。
男がいる、というのは凄いことなのではないだろうか。
どうした縁でか人生に伴う重い荷を全部ひっくるめて引き受けて、それが当たり前だと文句の一つも垂れやしない。
だから、そんな男が一人いるだけで、人生の負荷は大幅に軽減されて、数々の衝撃に関しても男がカラダを張って盾になるから、その傘の下、平穏に過ごすことができる。
どう考えても、「いない」より「いる」方がいいとの結論は揺らがない。
いつかきっと。
この夜、酒の肴とした自画自賛を、少しは理解してくれる日もやってくるに違いない。