二週に一度、実家を訪れる。
一人暮らしとなった父の様子をみて、ただ雑談をして帰る。
父は81歳となった。
いずれ到来するのであろう死について互い考えることが増え、雑談であっても死後を見据えた会話にもなる。
だからすべての言葉が貴重なメッセージだと思え、雑談の行間をわたしは胸に刻む。
父が27歳のときにわたしが生まれ、そのときは人生について無限の差があった。
その27歳と0歳が、いま81歳と54歳となった。
いつの間にかわたしは父の人生の3分の2を生き、残り時間の方が少なくなった。
つまり、死後を見据えた会話というのはわたしにとっても当事者感のある話なのだった。
遠くない将来、わたしも息子たちを相手に死について具体的に語ることになるのだろう。
いつ頃のことだったか、急に思い立って毎月実家を訪れるようになった。
仕事が一段落する月末にぶらりと寄って、もっぱら母と昼を一緒に食べた。
そんな時間を持ててほんとうによかった。
まさか母が77歳で他界するなど思いもしなかったから、親孝行は永遠に不足したままとなってしまったが、幾つもの場面が心に残って、ほんの少しばかりは気持ちが慰められる。
いろいろとたいへんだった。
親と話をするとそういうことがとても深く理解できる。
苦労に苦労を重ねてきた道の先に、わたしの人生が接続され、そのひと連なりの流れを思って湧き出るのは感謝の念で、生かされているとの大きな力にひれ伏すような気持ちになる。
木曜の夜、ジムは休みで家に帰っても食事はない。
それで途中下車して一杯飲んで帰ることにした。
ひとりカウンターにて焼酎のお湯割りを飲み、親のかけがえのなさを思ってしみじみと過ごした。