KORANIKATARU

子らに語る時々日記

芸は身を助く

三月に入って留学期間も残すところ一ヶ月となった。
大半は中学の卒業式を前に今月の初旬過ぎに帰ってくる。
一人ぼっちコースを選んだ長男は三週間ほど長めの滞在となる。

三月初日、今回のプランを策定してくれたエージェントから月次の報告が入った。
履修科目をはじめとする現地での様子が伝えられる。

日本と違って到達度に応じ科目ごとに受講するクラスの学年が異なる。
中三ではあっても中高一貫校で数学や物理化学はすでに高校レベルを履修している。
だから当然学力的には向こうでも学年が一つや二つ上に位置することになるのであるが、日本の中高一貫校の先取り学習といった背景を知らない現地では、こいつは凄い、優秀だ、ということになる。

親としては耳当たりのいい話が伝わってきて心地いい。
見当はずれなことであっても褒められれば何だって嬉しいものなのだ。

もちろん要は日頃長男が通う中高一貫校のお陰なのであって、本人については何ら凄い訳ではないと十分すぎるほど心得ている。

本人にとっても大いなる自信となったことであろう。
不安いっぱいで訪れた異郷の地において、現地の学生と比して決して劣るわけではないと身をもって知ったことは収穫以外のなにものでもない。

駆け出しの十代、まだ手にするものは何もなく、先々の加速の燃料となるのは確固とした自尊心だけであろう。

そして思いがけぬ事ではあったが現地校のラグビー部に参加する機会にも恵まれた。
まさに芸は身を助く。
ラグビーを通じ手応えある友情が広がっているようである。

活躍しているそうだねとメールを送るとすぐに返事があった。
泣いて喚いて嫌がった小さな頃の自分を無理やりでもラグビーの練習に連れて行ってくれてありがとう。

その文面に目を落としたまましばし感慨にふける。

足をばたつかせ嫌がる幼子らを両脇に抱えグランドへと連行したことの是非について思い惑いがなかった訳ではない。
虐待まがいのことではないかという考えもよぎったが思い直した。
向かわせるのは世界屈指の正統派スポーツであるラグビーだ。
しかも伝統ある芦屋のチームである。

それに立ち向かえないのであれば、そのことの方が涙すべきことである。
この程度に耐えられず挫けるとすれば、男子としての未来は風前の灯火。

心を鬼にする必要があった。
そして鬼であることが必要だったのは、後にも先にもそのいっときだけのことであった。
数々の素晴らしい出会いがあり、子らはそこで男子であるための第一歩を踏み出すことができた。

仕事中、現地のラジオ放送をネットで流し、一本10ドルだというSUBWAYの特大サンドイッチを頬張る彼の様子を思い浮かべる。
全く無名の異邦人が縁もゆかりもない地を訪れて丸二ヶ月が経過した。
所を得て友に恵まれ、充実した日々を過ごしている。
こいつに会えて良かった、彼の地の仲間らはきっとそう思っている。
写真など見れば一目瞭然、父はそう確信する。

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