夫婦ともども日頃からカラダを鍛えているはずだった。
が、思った以上に息が上がった。
久しぶりだったこともあるだろうが、やはりどうやら山登りには別種の負荷がかかるようだ。
このところクルマで出かけて楽ばかりしている。
そうなると心身なまって感性もくぐもるのだろう。
甘っちょろい過ごし方に終始した週末を反省しつつ一歩一歩足を踏み出し、夫婦して山を登ることの肉体的かつ精神的意義について話し合った。
たまには自然のなかに身を置いて、起伏ある道に揉まれることは思った以上に大事なことだろう。
まだまだ半人前、道半ばの身。
延々と続く登り道が、そう告げ知らせてくれる。
幾組ものご老人夫婦を見かけ、無言のうち、わたしたちもその姿をお手本にしたいと思った。
もちろんしんどいばかりではない。
緑と土の香をたっぷり含んだ空気は凛とし清涼で、空の青、小川のせせらぎ、小鳥のさえずり、色づいた樹々を縫って差す陽光が風に揺らいで全身に心地よく、存在すること自体の喜びを倍増しにしてくれる。
だから楽しく、会話も弾む。
これからは定期的に山に登ろうという話が起点になって、先々の旅先候補について盛り上がり、そこに回想も挿入されて、子らと訪れた様々な地の思い出がよみがえった。
どこをとっても、だらだらへらへらと過ごせるような時期はなかった。
振り返ってみればおおむね必死のパッチ、各地点に張り巡らされた無数の難所を家族でくぐり抜けてきたようなものである。
だからこそ、羽を伸ばして過ごした各地旅先での記憶が輝かしい。
日常と旅の歴史が積み重なって地層のような紋様をなし、どの場面を取り上げても懐かしくエピソードに富んでいる。
いつまで経っても話は尽きない。
喋っているうち、あっという間に2時間過ぎて山頂に到着した。
岩場に腰掛け眼下の景色を見下ろしながら、家内の作ったおにぎりに海苔を巻いて食べる。
塩加減よくとても美味しい。
デザートは先日龍野で買った柿。
山頂の風は強く冷たく、食べ終えたときにはカラダが寒さを覚えはじめた。
温まるには動くしかない。
山頂滞在は10分ほど。
わたしたちはさっさと有馬方面へと山をくだり始めた。
深々とした山道にわたしたちの声だけが響く。
さっきしたような話を何度も繰り返すのだが、互いにとってしみじみと楽しい話ばかりであるから退屈しない。
2時間ほど下って有馬温泉に到着。
カラダも冷えていたので、最初に目に入ったかんぽの湯を選んだ。
一人千円で有馬の金泉を堪能できる。
冷えてくたびれたカラダが湯につかってたちどころ息を吹き返した。
すっかり疲れも癒えて、鮮やかな紅葉を目に焼き付けながら有馬温泉街をぶらりと歩く。
炭酸せんべいなど土産を買い、賑わう通りの一角にてビールで乾杯しバスを待つ。
バスが芦屋に到着した頃には、夕飯の献立が決まっていた。
鶏鍋の具材を買いワインも選んだ。
乃が美で食パン、竹園でコロッケも買い子らのおやつの準備も整った。
ヘルメスソースあしらって作るコロッケサンドは我が家において完売必至の人気メニューである。
そして、いつもと同様。
家に戻って一息つく間もなく、家内は子らの夕飯の支度に取り掛かるのだった。
まもなく息子たちが帰ってくる。
まるで千手観音となったかのように家内の手際良さが加速していき、料理が次々と食卓に並べられはじめた。