顧客先への訪問を終え事務所に戻る。
終業時刻をとっくに過ぎて無人。
休憩がてら『ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件』の続きを見始めた。
先日二男来所の際、彼が借り話が途中までとなっていた。
登場する名探偵ホームズは93歳。
訳あって引退し田舎暮らしをしている。
さしものホームズも老いには勝てない。
どうしても手繰り寄せねばならない過去の記憶が、どんどん遠のいて霞んでしまう。
それらが消え去ってしまう前、命ある間に書き留めようと、記憶を捉える度にホームズはペンを走らせる。
住み込み家政婦の息子ロジャーは、ホームズの理知に呼応できるほどに聡明。
いまは亡き助手のワトスン的な役割を担う。
少年ロジャーはホームズが書き進める事件の全貌に強い興味を示し、ホームズは少年がそれを読むことを喜んで励みにさえしている。
随所に紙とペンが登場する。
晩年にペンを握って紙に向かうホームズの姿に憧憬のようなものをわたしは感じた。
最近、パイロットのコクーンという万年筆がとてもよく手に馴染むので気に入って使っている。
これまで様々な筆記具を手にしたなか最良の書き味ではないだろうか。
書き良いペンは気持ちをとても穏やかで落ち着いたものにしてくれる。
そもそもはそのデザインに一目惚れして購入したのが使うきっかけであった。
その昔、イギリスを旅したときロンドンの文具屋でAlibiという銘柄のペンを見かけた。
即座気に入って、くすんだシルバーとクリアなシルバーの2本を買い求めた。
コクーンのデザインはかつて異国で手にしたAlibiを彷彿とさせるほどに瓜二つ。
郷愁のようなものをかき立てられた。
仕事の後輩に餞別として譲って以降、Alibiのペンは手元にないが、ずっと心に残っていた。
それが装い新たに、書き良さを増して帰ってきたようなものである。
そんなことを思い浮かべつつ、晩年は使い勝手に優れたペンを携えて静かに過ごしたいと心に描く。
年齢を重ねれば重ねるほど伝えるべき何かがあるはずで、そっと胸にしまってあることも含め書くことは山ほどもあって、少年ロジャーであれ誰であれそれらが読まれるのだと思えば、手応え確かな充実の余生と言えるだろう。
晩年、わたしが乞い求めるのはそういった静かな暮らしのみである。
映画を見終えて、帰り支度をはじめる。
お腹が空いたので、すき家に寄る。
期間限定の牛鍋定食が値段の割に素晴らしい。
二夜連続、同じメニューを注文することになった。
ホームズには家政婦が必要であったが、ここら一帯を見渡せば、なか卯がありすき家があり松屋があってやよい軒があって、キング吉野家はないけれど、ほぼオールスター揃い踏みであり、朝昼晩、盆も正月も含めて年がら年中、食事に困ることがない。
都市の食環境の充実を思えば結婚したいと思う男子が減るのも頷ける。
腹を満たしてクルマを走らせる。
今夜も向かうは浜田温泉。
先日の日曜、二男と過ごした光景を思い浮かべならが、しんみりと湯につかった。