昼過ぎには帰ってくるはずだった。
しかし昼などとうに過ぎ、まもなく夕方。
どうしたのだろうと電話を入れてみた。
繋がらない。
連絡くれるようショートメールを送る。
待てど暮せど返信は来ない。
来る様子もない。
どこをほっつき歩いているのだ。
この日、大阪ミナミで全国大会の予選が開催された。
彼は必勝を期し朝早くから出かけていった。
午後1時には終わるということだった。
あたりは暗くなって、もはや夜。
家内も気を揉み出した。
大阪ミナミは伏魔殿。
何かあったに違いない。
事件か事故か。
悪いことばかりが頭を巡るみたいで家内の不安が増幅していく。
落ち着くようわたしは諌める。
あいつのことだ。
今日出合った者らと意気投合し、時の経つのも忘れ話し込んでいるに違いない。
あの年頃は親が心配するなど考えることもない。
そうは言ったものの、わたしの心中も穏やかではない。
不安は伝染する。
なんだか胃の辺りが重くなって、夜の暗がりが不気味なものに思えてくる。
遅くなるなら当然連絡がある。
ところが、連絡がないどころか繋がらない。
携帯の電源が切れたのだろうか。
いや、あいつに限ってそんな手抜かりはないはずだ。
今夜日曜の夕飯は家族でてっちり。
午後7時スタート。
前日からそう告げてある。
親はどうあれ、フグが待つ。
フグが待つのだ、戻らぬはずがない。
何の音沙汰もないまま、時はまもなく7時に至る。
いてもたってもいられない。
家内は彼の友人らに電話しようと思案し始めた。
騒ぎになるだけのこと。
そのうち帰ってくるから、もう少し待とう。
そう家内をなだめる。
そのときであった。
階上で扉の開く音がした。
ああ、よお寝た。
満足げな響きを伴う、恒久平和な声が扉の音に続いた。
彼であった。
わたしと家内は顔を見合わせた。
家内は安堵し、その表情は見る間にほころんだ。
二人して声を上げて笑った。
聞けば2時には家に戻ってそのまま寝入ってしまったのだという。
階上の自室でスヤスヤ眠る彼がミナミにいると思って、親はその安否を案じ心労をいや増しにしていたのだった。
彼が家に戻って部屋で寝ているなど誰も気付かなかった。
思い込みが視野を閉ざす好例とも言えた。
すべての不安が払拭されて、家に再び平穏が舞い戻った。
家族で和気藹々鍋を囲む。
ぷりぷりのふぐ身を心ゆくまで堪能し、イッテQ見て皆で腹抱えて大笑いする時間を過ごした。
笑い声はあたり界隈にまで響き渡ったに違いない。