事情は分からないが電車に遅れが生じていた。
ちょうど帰宅ラッシュの時間帯。
ホームは人で溢れ返っていた。
やってきた電車は瞬く間に満杯となった。
そしてすし詰めのまま留め置かれ、待てど暮らせど発車する気配がない。
いつ果てるともない沈黙に車内は占拠されていた。
その間さらに「すし」が一人また一人と増えていく。
息潜めて待つこと十数分。
誰にとってももはや限界というところに差し掛かっていた。
電車がようやく動き出したとき、車内の民は歓喜した。
その笑顔が光となって航路を照らした。
まもなく次の駅に到着。
降車口は真反対にあった。
カラダねじ込むみたいにして出口ににじり寄り、なんとか無事、わたしはすし詰めの世界から解放された。
夕刻の涼風を全身に浴び、大手を振って歩きはじめたところで後から声をかけられた。
鷲尾先生であった。
どうやら同じ電車に乗り合わせていたようだ。
時間ギリギリ間に合った。
この夜、わしお耳鼻咽喉科に置かれるリーフレットについて検討会が行われることになっていた。
美術学校では新入生3名含め総勢8名の学生に出迎えられた。
幾つかのテーマに沿って試作が発表される。
毎度のこと今回も若い感性が発する斬新が痛快だ。
雑談交えつつであるから笑いに満ちて、ときに鋭く鷲尾先生の寸評が加えられ、そういった要所要所、若き学生たちがメモを取る様子は真剣そのものである。
最終的にどのようなアウトプットとして日の目を見るのか楽しみだ。
今年終盤には来院者の手に取られることになるだろう。
充実の打ち合わせを終え電車を乗り継ぎ、焼鳥Kawaguchiを訪れる。
男二人、カウンターに横並び。
まさに珠玉。
一本一本丁寧に焼かれる焼鳥が素晴らしい。
医者に専念するためには医者だけをやっていればいいのではない、それが鷲尾先生の持論である。
医者として来院者の幸せに貢献するだけでなく、事業主として従業員の幸せについても考える必要があり、仲間の医者や各種専門家も含め、皆が良くなるよう常に思い巡らせることになるから、つまり、関わるすべての人に目を注ぐことになる。
だから、話し始めれば、いつまでも話は終わらないということになる。
締めは、特製にゅうめん。
飲んだ後に格別。
優しい出汁の味にほっとする。
夜11時、暖簾となって店を後にした。
電車で帰って、いつものとおり手を振って別れた。
この夜も日付変わるような時間での帰宅となった。