明石での仕事を終えて戻ると夕刻。
まずは着替えて風呂屋に向かった。
台風25号が接近しているせいか雨模様の日中は蒸し暑く、そんななかスーツを着込んでいたものだから、湯につかることは最上の心地よさであった。
心気蘇って残務を片付け北新地に向かった。
この夜はいつものメンバーで集まって纐纈で食事することになっていた。
途中、レオニダスに寄って家内に手渡すチョコを忘れない。
午後8時20分。
小雨降るビルの前にカネちゃん、相良さん、森先生御一行の姿があった。
森先生が男前だからだろう、御一行の皆が皆、一様に男前だった。
まもなく氏野先生が姿を見せて安本先生も現れ、皆で列成し4階にあがった。
カウンターにずらり並んで纐纈の料理を味わう時間が始まった。
ビールで乾杯というところで、天六いんちょと鷲尾先生が店に駆けつけこれで勢揃い。
纐纈はやはり今夜も凄かった。
わたしは特等席、まな板の前。
料理に包丁を入れる手さばきだけでも見事鮮やか。
目分量で寸分たがわぬ正確さ。
等しい厚みの切り身が瞬く間に人数分揃えられていく。
これほどの見ものはない。
わたしはしきりにまな板に目をやって、料理の過程をこの目にしているものだから一つ一つの品が有り難く、目を閉じるようにしてそれらをじっくり味わった。
が、右隣のカネちゃんは喋りに夢中で、その様は法事でよくしゃべる親戚のおじさんといったてい。
右耳から入るカネちゃんの言葉は左脳に届く。
理屈っぽい話が多かったので、それを受け止め咀嚼するのにちょうど良かった。
一方、左隣は安本先生。
その声は右脳に届いて心を静めた。
全く異なるトーンの音声がクロスし耳に入ってくる。
左右の脳で分業処理しつつ、神経の大半は真正面で展開される絵巻物とも言うべき料理のパノラマに向けられた。
わたしは目を見開いて舌鼓を打ち続け、たまに相槌を打って頷いた。
酔いがほどよくまわった頃、誰が頼んだかマグナムシャンパンのボトルが開いた。
赤信号はみんなで渡ればこわくない。
全員でグラス傾け味わって、わたしはお代わりまでした。
これでもかというほど至れり尽くせりの料理を堪能し、それでもまだ締めの料理が残されていた。
締めと言っても、それだけでちょっとした旅館の夕飯くらいになるのではないだろうか。
すべて主役級の食材が小品となって炊きたてのごはんを彩った。
安本先生はそれに加えてカレー、そして蕎麦、すなわちフルオーダーで頼んでいたので、締めだけで三食分を食べていた、ということになる。
この夜のおみやげはクエの煮込みご飯。
男前の店主が一人一人を見送りながら手渡してくれた。
その紙袋をしっかり手に握り、雨のあがった北新地を駅まで歩く。
纐纈の余韻にひたりつつ、鷲尾先生と電車に乗って一緒に家まで帰った。