何年もこの仕事をやっているが、はじめてのお客さんを訪ねるときには少しばかり緊張する。
この日午後、新規先での面談予定が入っていた。
時間よりも早めに着いた。
失礼にならぬよう事業所の前に立ってしばし過ごす。
こんな凪のような時間、いろいろなことが頭を巡るがついには目線のやり場がなくなって自らの足下を見つめ直すようなことになる。
自分が誰で何を生業にしていてどのような経緯がここに至ったのか。
ここで果たすべき役割は何なのか。
つまりは原点回帰。
見知らぬ場に臨むことは初心に返る絶好の機会と言えるだろう。
相手にとってわたしは丁なのか半なのか。
相まみえるまでは分からない。
だから幾分かの緊張は避けられない。
数え上げればキリがない。
このような初対面の場を何度も何度もくぐり抜け、その度に初心に返って、しんと静まるような時間を過ごしてきた。
ほぼすべての機会が次に繋がり数珠つなぎとなって機会が機会をもたらしてきた。
それでも毎回、初対面の際には自信とほんのりスパイス程度の不安が綯い交ぜとなる。
不思議なもので、それら数多くの緊張も終わってしまえば記憶の彼方。
慣れて長く付き合ううち、当初の緊張はその感触さえ跡形もなくなっていく。
だからこそ初心に返る場面が欠かせない。
その場をどれだけ大事に思っていたか、如実に思い起こす貴重な契機となる。
他力があってこそ、こんなちっぽけな分際なのに生き延びてくることができた。
ぐるり見渡し360度、わたしはどこにも足を向けて寝られない。
結局最後には感謝の念に行き着くことになる。
約束の時間、5分前。
わたしは気合を入れ事業所の扉を開ける。
挨拶も高らか中へと進み入る。
事業主らに出迎えられ名刺を交換して着席。
お茶が運ばれてくるまでの時間の談笑で、さっきまで背後にまとわりついていた緊張はものの見事に消え去った。
舞台へと背中を押すための黒衣役、緊張はそういった役割を担っているのかもしれない。
結局、話すこと一時間。
まだまだ話は尽きず、日を改めてとなった。
またこうして長い付き合いが始まった。