京都を後にし、大和西大寺で乗り換えた。
週末金曜の夕刻。
まもなく日が暮れる。
気づけばわたしは鶴橋駅で降りていた。
JRに乗り換え天王寺に向かった。
頭には阿倍野正宗屋。
家内にメールする。
一週間を静かに振り返りたいので正宗屋に行く、夕飯はいらない。
即座、合流するとの返信があった。
心斎橋での買い物を切り上げ、御堂筋線ですぐこちらに向かうということだった。
近鉄百貨店前の改札で家内を迎え正宗屋へと急いだ。
なにしろ金曜。
うかうかしていると席がなくなる。
幸い、混み合う時間直前。
ほぼどこでも好きな席を選べた。
わたしは常連。
いつもは一人でやってきて背を丸めて寡黙に過ごす。
浪速きっての大衆酒場であるから、家内のような雰囲気の女性は場違いに映って浮きに浮く。
が、家内の方はいたって平気。
今回二回目の来店であったが、一回目から家内は落ち着き払っていた。
勝手知ったるわたしが気に入ったラインナップを注文していった。
ビールで乾杯し差し向かい、連れ同士、何の気兼ねもない時間を過ごした。
いつも大満足。
わたしにとっては正宗屋が一番おいしい。
実を言うと、ほうばよりもここが好き。
ほろ酔いとなってそんな話をしながら帰途についた。
発車間際のJR神戸線に駆け込んで、後は運ばれるだけ。
しかし、しばらく走って電車がいきなり急停車した。
乗客全員が前につんのめって、何事かと色めき立った。
線路に誰かが立ち入った模様、安全確認のため急停車した。
そんなアナウンスが以後何度も繰り返されることになり電車はピクリとも動かず、よく考えれば異常な密集状態に置かれていて、それに気づけば息苦しい。
だから、いつ果てるとも知れぬ停車の状態を多くの人が苦しいと感じていたはずである。
が、家内はどこ吹く風。
世界のラガーマンのインスタなどみて、涼しい顔をして楽しんでいる。
線路内に身を潜める人影が頭に浮かぶ。
おそらく目的はひとつで、すでに腹は決まっていたのだろう。
しかし電車は上りも下りも普通も快速も含め全線で運行を停止してしまっている。
まるで時間が止まったようななか、彼は身動きできず事を成すことができない。
強烈な静けさのなか、徐々に正気が戻る。
まもなく駅員に見つけられ、保護されて、憑物が落ちたみたいに我に返る。
そんな14分間を経た後、アナウンスが流れた。
安全の確認ができましたので、運行を再開します。
時間は再び流れ始め、全線の電車が動き始めた。
14分間の停車は苦痛極まりないものであり、怒りを覚える向きもあったであろうが、安全が確認できたのであるから何よりと言うべきことだろう。
いろいろあるが、時間は流れて流れた分だけ状況も変わる。
そう知っていれば線路に立ち入るほど路頭に迷うようなことなどないはずで、そんなときは正宗屋にでも行ってひととき過ごせば着眼が変わって別のあり方、別の道が頭に浮かぶ。
また来ようとも思うからますます線路からは遠ざかることになる。
だからもっと正宗屋があちこちにあればいいのに。
結局いつもと同じことをわたしは思うのだった。