わたしはジムを終え、家内はヨガを終え帰宅した。
家内がハイボールを二人分作り、京都で買ってきた豆腐や芋かりんとうなど簡単なつまみを用意した。
まもなくラグビーワールドカップ、日本対アイルランド戦がはじまる。
勝てる訳がない。
わたしも家内もそう見込んでいた。
先週長男が横浜で観戦したアイルランド対スコットランド戦を見ればアイルランドの力量が一目瞭然で、まるで戦車みたいなフォワード陣を相手につけ入る隙などなく、一蹴されること避けられない。
惨敗さえしなければ御の字。
そう思って観始めた。
しかし、キックオフとなって驚いた。
序盤こそ地力に勝るアイルランドがその「らしさ」を発揮し優勢に試合を運んだが、間髪入れず束になって日本チームは相手にぶつかり、押し返されそうがもみくちゃにされようが、もがいて粘って食い下がり前へ前へとにじり動く執念が終始一貫しその執拗さが減衰することなく、気づけば、日本が主導権を握っていた。
ボクシングでいうところの打ち合いのような試合運びで一歩も引けを取らず、果敢にカラダを相手に投げ出していくのだから、アイルランドからすれば手を焼く域を越えて、もはや打つ手なし、といったようなものであっただろう。
勝てる。
そう思ってからは更に力が入った。
時間は遅々として進まず居ても立っても居られない。
攻め込まれあわやという際には家内もわたしも悲鳴あげ、一難去っては拍手しつつほっと胸を撫で下ろした。
ソファに並んで座って夫婦の思いはひとつ。
この一隅にも小さくとも強力な結束が生まれていたのだった。
そして、日本が勝利した。
奇跡を目の当たりにしたようなものであり、そこらの映画を観て得る感動と興奮をはるかに上回る歓びが込み上がってきた。
日本に声援を送った誰もが歓喜し、やってやれないことはないと喝が入って勇気が湧いて、力みなぎりプルル震えたことは間違いないだろう。
まさに好作用。
誰かを強め、誰かを高めること。
それは善であるから、日本チームが成したことは巨大な善行と言えた。
ハイボールは一体何杯目だっただろう。
歓喜に酔いしれていると、部活を終えて二男が帰ってきた。
シャワーを浴びてリビングに上がってきたその上半身の筋骨たくましさに驚いた。
まるでアクションスター並み。
そう思ったが、実際我が家において彼はスターなのだった。
このアイルランド戦、誰であれ汲むべき要素を含んでいる。
しっかり準備して勇猛果敢、誰に何と言われようが勝つと決めて前へ前へと突き進む。
それを実地で果たした日本チームのスピリットが、わたしたちの背を力強く押してくれるように思える。