1
晴れ渡る休日の午後ゆっくりペースで走る。
陽射しがあって暖かい。
電話もかかってこないし用事もない。
気がかりなことが一切ない。
ほとんど無の境地。
呼吸と鼓動が単調に繰り返される反復の繭のなか思う存分わたしは解放される。
走れど走れど疲れない。
どこまでも、いつまでも走れるような気がしてくる。
どんどこどんどこ世界の涯までにこやか走る。
次第、分厚い雲が空を覆い始めた。
日が陰り、雲をもたらした上空の風が地上にも吹いて舞う。
体温が奪われていく。
防寒を怠った。
寒さを覚え、疲労が勝る。
寒さしのぐほどの熱をもはや自力で生み出すことができない。
時折、雲の切れ間から陽が射す。
それに射たれるようにと日なたを選んで走るが、すぐにまた空は閉ざされ風が冷たさを増す。
わたしの頭はサウナのことでいっぱいになる。
ああ、サウナ。
弛緩したまま頭の先から足の先まで熱が行き渡るあの夢見心地を思い浮かべる。
凍てつく寒空のもと、恋い焦がれるようにサウナを思い気力振り絞って足を運ぶ。
2
夕刻、夢にまでみたサウナでひとときを過ごす。
醸成され続けるふんわりポカポカをほしいままにする。
サウナは高温ではなく低音がいい。
じんわりこんがり熱せられてそれでいて苦しくない。
こんな贅沢なものはない。
横で寝そべる二男に話す。
男には必要なものが3つある。
ラーメンとビールそしてサウナだ。
時折は懐かしい曲が流れる。
彼が生まれる前の名ドラマ、カバチタレの主題歌「Do you remember me?」が流れる。
その当時、何をしてた?
二男に聞いてみる。
何かを思い出そうとし彼はあきらめただ首を傾げた。
無理もない。
まだこの世に参上していない。
どこでどうしていたかなど分かるはずがない。
二人のガタイが場末風呂屋のサウナを占拠する。
小学二年からラグビーで鍛えてある。
体躯はなかなかのものである。
そうそう、ラグビー練習後に入る芦屋温泉も格別であった。
みっちり三時間の練習を終えた後、熱い湯がカラダに染み渡った。
しばらくラグビーの思い出にふける。
中学受験の追い込み時、朝から晩まで塾で過ごしたがラグビーの練習に比べれば屁のようなものであったし、塾に怖い先生もいたがラグビーのコーチに比べればお茶目なものであった。
彼はそう言った。
カナダでラグビーチームの練習に参加しているという長男のメールを思い出す。
芦屋ラグビーで受けた恩恵が好循環し続けている。
3
事務所に届いた「あしたのジョー」全巻をクルマに積み「Do you remember me?」をダウンロードし流す。
助手席に二男を乗せ帰途につく。
ボクサーが3分戦って1分休むように、25分勉強して5分休憩するというポモドーロテクニックの要領で時間を組み立て休憩の際に読めばいい。
そう話す。
ずっと昔から彼が傍にいたとしか思えないが遡れば十年以上前、彼はまだ生まれておらずその名もなかった。
当時の様子について話す。
家族が一人増えると分かったときには大喜びしたものであった。
その時期が我が家にとっての黎明期と呼べるだろう。
以来、嬉しいことだらけの賑やかな家庭になっていった。
だから、何だっていい。
開花する方向は人ぞれぞれ。
好きな風にするのが一番いいに違いない。
もちろん勉強は大事だからそこをスキップさせるわけにはいかないが、かといって文科省キッズを目指す義理はない。
お勉強については要領よく速習し、あとは男子としてのSomething elseが芽吹くよう時間を注げばいいのである。
Something elseが成る釜にくべる薪については親も少しは手を貸すべきなのだろう。
いつかそこが熱源となって疾走が始まる。
パッションこそが最も大事。
親はいつか雲間に引き下がる。
寒風吹き荒ぼうがどこ吹く風、にこやか走り抜ける熱源となってくれれば親として何も思い残すことなどない。