昔と異なり自分から誘って飲みに行くことはほとんどなくなった。
もちろん嫌いな口ではないので、誘いがあれば他に約束がない限り二つ返事でお供する。
受け身だからだろう、飲みの機会はどんどん減っていまでは飲み友達も数えるほどしかいない。
家内もその一人に数えられるが、帰宅が遅くなる際は食事も済ませてあるので、わざわざ飲もうということにならない。
返す返す思う。
外でも家でも飲む頻度はめっきり少なくなった。
この日も平素の日常どおり和らかの湯で風呂を済ませ帰宅しそのまま寝床に入った。
調子よく仕事するうえで良質な睡眠が最重要。
この歳になってそう痛感する。
だからほんの少しでも疲労や不調を感じれば、すぐに寝床に入って翌日に備えるということになる。
眠れば復調し、不思議なことに頭に居座る諸問題も解決へと動き出す。
眠りは実に生産的な行為と言える。
窓を開けると緑の香ふくんだ夜の冷気が寝室に入り込む。
毛布被って弛緩して安心と快適にひたる。
そのうち声が聞こえ始めた。
隣家の奥さんがふるさと納税でもらったというお米を玄関まで届けてくれたようだった。
食べ盛りが二人いるので、お裾分けは嬉しい。
家内の喜ぶ声が聞える。
そして女性の立ち話は長くなるのだった。
あれやこれやいろいろな話が、地上から立ち昇って寝室まで届く。
まもなく上の息子が帰宅し、挨拶する声が聞こえた。
続いて隣家の娘さんが帰宅し玄関先で話すメンバーが一人増え、最後に下の息子が帰宅した。
立ち話はそこでお開きとなって、声の源は階下リビングへと移って行った。
夜食を囲んで、ひととき家族の団欒がはじまった。
家内の声に息子たちの声、それらがひとつ屋根の下を行き来する。
そんな声に包まれて、それがわたしの子守唄となる。
ふんわり繭のなかにあるようで、心地いいことこの上ない。