毎夜、息子が肉を食べる。
それが疲労回復に最も効くのだろう。
だから道々、わたしは肉を調達する。
この日、明石を後にし長田の平壌冷麺で遅い昼食をとった。
そのときふと新生公司の焼豚が頭に浮かんだ。
電車に乗って元町で降りた。
山を背に海に向いて秋の街路を歩けばまもなく神戸大丸。
地下へと進んだ。
新生公司の売り場は精肉店の横の小さな一角。
店先にこんがり焼けた肉塊が幾つもぶら下がっている。
わたしは一番大ぶりのものを指差した。
これぞ父の役割。
腰に手をあて仁王立ち。
指差す自身の姿に、わたしは陶然となった。
このようにして、日中、わたしは父としての満足感を味わい、深夜、息子は秘伝のタレがたっぷり沁みた肉塊を味わうのであった。
肉塊を懐に忍ばせ、街へと戻る。
業務を終えているので、気ままに歩く。
ちょっと一息入れようと店を探して地下をぶらつく。
往時の活気はどこへ消え去ったのだろう。
飲食店街は閑散としていた。
臨時休業の張り紙がそこら中に見られ、その紙片によって現在進行中の現実の深刻を思い知らされた。
三宮駅近くまで歩き、肉のツクモという店と目が合った。
広い店内にまばらに散って客は数名ほど。
これなら安心。
他の客から最も遠い場所を選んでわたしは着席した。
ちょいと喉を潤し、この一週間の奮闘をねぎらっているとメールが入った。
いま、阪神西宮にいる。
家内からの連絡だった。
いまから向かうと返信し、わたしは腰を上げた。
阪神電車の特急で15分ほど。
西宮駅の改札を出ると、そこで家内が待っていた。
やあ、と手を上げて合流。
どこかでご飯を食べようと誘うが、買い物して家で食べようと家内は言う。
だから、そうと決まった。
西宮阪神でまずは肉を選んだ。
この週末も、模試を終えた息子をねぎらい肉を焼く。
更け行く秋、七輪を囲めば以心伝心、胸のうちが通じ合う。
特にいまはそうすべき時期。
世間において密は忌避の対象だが、家族にあっては顔つき合わせることも許される。
先日買った肉の残りはまだあったが、備えあれば憂いなし。
精肉店たくみで焼肉1kgを買い足した。
その他、魚介や果物やスパークリングを選んで、階上のパーキングへと荷物を運んだ。
家内の運転で帰宅して身ぎれいにしてから夕飯。
平和な金曜夜。
夫婦で息子の話に興じた。
先日、たまたま小学校の同級生女子と息子は同じ電車に乗り合わせたという。
こちらは向こうが誰か分かったが、向こうはまったく気づかなかった。
近づいて息子はその女子に声をかけてみた。
誰か分かる?
相手の女子は首を振った。
名を告げると、彼女は身をのけぞらせて驚いた。
そりゃそうだろう。
幼少期のヤワな面影はもはやどこにも残存していない。
隅から隅まで強靭男子。
体躯は筋骨がっちりし、苦み走ったという域にまもなく入る精悍な顔つき。
同級生女子の驚きが、わたしたち夫婦にとっては痛快。
子育ての成果がその一瞬の反応に凝縮されていると言え、親としてこんなに嬉しい話はそうそうない。
その驚きぶりを夫婦揃って頭に描き、息子が成長した喜びを何度も反芻して楽しんだ。