二年前、まだ戦いが続行中なのに、わたしはひとり先走って浮かれ、せっかくの流れを弱化させてしまった。
だから今回は最後の最後まで水面下にて息を潜める。
そうすれば浮上したとき、二年前とは異なる景色が立ち現れる。
そう考えて肩に力が入ったままであったが、夕刻、公園でひとりサッカーボールを蹴る息子の姿を見て気がついた。
戦い自体はすでに終わって、あとは結果を待つのみ。
もはや力んだところで何がどうなる訳でもない。
東京滞在中、朝は様々なコースを選んでランニングを欠かさず、試験のある日は終えてから一人で焼肉屋に行き、四谷の銭湯か上野のサウナでこざっぱりとしてホテルに戻る。
そのように試験期間中も臆することなく悠然と過ごした。
そんな男であるから、どのような結果であれこれまた悠然と受け止めて、黙って前を向き歩んでいくに違いない。
窓外に息子の姿を見て、家のなか家内を探すが見当たらない。
連絡を入れるといまマッサージを受けている最中とのことだった。
それでわたしもマッサージを予約した。
やはりどうあれ、力んでいても埒が明かない。
終えて家族で駅前に集合。
息子が焼鳥を食べようと言うので駅前のわびさびに電話した。
が、一向に繋がらない。
中を覗くと人の気配もない。
このコロナ禍、何かあったのかもしれなかった。
予定を変更し、駅前でタクシーに乗って武庫之荘の唐唐へと向かった。
おいしい魚をたっぷり食べて、くつろいだ。
まあ、なるようになるのだろう。
今日一日をやり過ごし、また一日、一日。
帰りのタクシーのなか残りの日数を指折り数えた。