事務所を後にし南森町に向かった。
地下鉄を降り改札を出たとき、こちらに歩いてくる見慣れた顔に気がついた。
家内だった。
これから事務所の手伝いに行くところなのだろう。
立ち止まって、言葉を交わした。
この日は大寒。
文字通りの寒さであったから互いが発する言葉は「寒いね」で共通していた。
だから夕飯は鍋にしようと瞬時に意見が一致した。
地上へとあがって、わたしは天満宮に立ち寄った。
陽は射すが弱く、空は晴れ渡り、丸裸の地表に大陸からの雪風が間断なく吹き込んでいた。
ここ数年、大阪はコートが不要なほどの暖冬だった。
だからかじかむ手によって思いは遠い昔、凍てつく寒さだった過去へと向いた。
旧式の石油ストーブの前に座って暖を取り、または炬燵にもぐって家族で過ごした子ども時分のシーンがよみがえり、寒暖のコントラストが幸福感をより一層際立たせるのだと感じた。
そんな懐かしさにひたりながら家族を想い、天満宮で手を合わせた。
ひと仕事終えてから帰途に就き、海老江で途中下車し満海にて鍋の主となる具材を選んだ。
とらふぐ、白子、てっさを手にとり、エキストラとしてかわはぎもついでに包んでもらって帰宅すると、まもなく家内が白菜やくずきりなどの鍋セットを抱えて戻り、これで鍋の脇役も出揃った。
わたしはノンアル、家内は白ワイン。
鍋を挟んで向かい合い、てっちりであるから会話も弾んだ。
外はしんしんと冷え込み、中は鍋もあって暖かで、まさにこのコントラストが記憶を色濃いものにする。
石油ストーブや炬燵の他に、この日の鍋もラインナップに加わって、いつか遠い先、寒さに震えて思い出し、胸のうちはポカポカと温まることになることになる。