前日は大雨に見舞われ、鳥羽全域に退避勧告まで発令されていた。
夕刻、あたりを走るつもりだったが断念せざるを得なかった。
明けて朝、幸いにも晴れ模様であった。
朝食後、嬉々としてわたしは外へと走り出た。
鳥羽駅の前を通過し水族館に続く道を南へと走り、走るごと、昔の記憶が蘇ってきた。
長男が4歳で二男は2歳。
ちょうどその頃から家族で泊りがけの旅行を楽しめるようになった。
その夏は、一泊二日で城崎、白浜、鳥羽と立て続けに回った。
息子らの昔の面影が残存する処々でわたしは足を止め、湧き上がってくるのは感謝の念だった。
ちびっ子当時の残像がそこに留まっていたから、「小さかった息子たちが大きくなった」との実感がありありと胸に生じ、ほんとうにありがたいことだと自然と頭が下がった。
そのように感慨にふけりつつ走り、ポツリと雨粒が頬に当たったかと思った瞬間、すでに時遅し。
一気に雨脚が強まり、やがてバケツをひっくり返したような大雨となった。
向こうに晴れ間が見えるから、人知を超えた天候の急変というしかなかった。
どうせ汗だくであった。
構いやしないと雨に打たれて走って、プールで泳ぐようなものだと頭を切り替えた所から、心地良ささえ覚えて雨と一体になった。
ホテルに戻ったときにはずぶ濡れであった。
それでも入り口でマスクをつけるのであるから、これはもう必須のアイテムとして社会に定着したと言っていいのだろう。
風呂に入ったときには空が晴れ渡っていた。
さっきまでの修羅場は何だったのだろうと露天風呂につかって空を見上げていると、地元のおじさんが話しかけてきた。
このところ大雨が続いているが、天照大神が守っているから大丈夫とのことだった。
なるほど、ここは神様のお膝元ともいうべき地なのだった。
そうですね、肉も魚もとてもおいしいですよね。
わたしの返答はピントが外れていたのかもしれない。
会話はそこで途切れて終わった。
風呂をあがり、クルマを津へと走らせた。
せっかくここまで足を運んだのだから、松阪牛を調達せず帰る訳にはいかなった。
家内の歌声を助手席に聴きながら、津の名店である朝日屋を目指した。