KORANIKATARU

子らに語る時々日記

意外な場所に幸せが詰まっていた

大阪へと向かう際は高速を使うので、下道を走ることは滅多にない。

だから国道2号線をクルマで走ったのは久々のことだった。

 

この日、尼崎で新規開院案件の顔合わせがあった。

隣町であるから高速を使う方が遠回りになる。

 

走ってすぐしみじみとした感慨が込み上がった。

昔馴染みの曲を聴いたときや、懐かしい土地の匂いに触れたときと同様。

 

何年も前の記憶がありありとよみがえってなんとも楽しい。

 

野田阪神に事務所があり、息子らが中学生から高校生にかけての頃。

事あるごとに彼らを乗せこの道を走った。

 

彼らにとって事務所が自習室で試験中など朝から晩まで皆で過ごした。

わたしは業務に励み、彼らは勉強し、飽きればなにか食べ映画など観た。

 

だから行き帰りの道中だって楽しく、そんな気分を思い出し、わたしは懐かしさにひたったのだった。

 

あの当時は忙しく週末などなかった。

しかし、今思えば土日に書類作業をこなしても嫌な思いをすることなどなかった。

 

なにしろ息子たちと一緒なのである。

ああ、わたしは幸せだった。

 

そんな記憶が付随するから、もし今後、土日に作業となっても楽しめる。

 

いまこうして2号線を走り、楽しい思い出が湧き出てくるみたいに、土日に作業となっても、かつての幸せな時間がわたしをふんわりと包み込んでくれることだろう。

 

泥臭く貧乏な日々であったが、実はわたしは幸せだった。

だから何がどうなろうと、何度でもわたしはその時間をやり直すことができる。

つまり、イチから出直せる。

 

おそらく息子たちも同じだろう。

勤勉に過ごす日々が幸せだった。

だから、この先いつだって勤勉を呼び起こすことができる。

 

ただ、家内だけは首を横に振るに違いない。

もう、たくさん。

それは家内が完全燃焼したからに他ならない。

おつかれさまでございました。

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