駅で待ち合わせ北新地で降りる。
かたぎの人間であっても通りを歩くだけで華やいだ気分になれる。
北新地は今夜も人で溢れて活況を呈していた。
予定より30分も早くに着いた。
ダイビルの一階で家内の二万語に耳傾ける。
ほどなくドクター・オクトパスも姿を見せた。
早めに着くのはともに織り込み済みのこと。
星の運行以上にわたしたちはパンクチュアルなのだった。
この夜、ドクター・オクトパスの粋な計らいでわたしたち夫婦は黒杉に招かれた。
午後八時半。
カウンター席に並んで腰掛ける。
堂島川が左手に見下ろせた。
薄明かりを受け川面が静かに揺れている。
わたしたちの他には外国人観光客が席を占める。
海外でも黒杉の名は聞こえ高いようである。
明るく楽しい黒杉大将の匠の技に目を見張って唸らされる時間が始まった。
舌鼓鳴り止まぬなか、ビールに続いてはケンゾーの白ワインが振る舞われ、美味な食事は完全無欠な域へと達していった。
こんな素晴らしい食の時間を過ごせてわたしたち夫婦はほんとうに幸せ者だ。
心からそう思った。
最高レベルの料理とおもてなしを堪能し尽くし、夜10時過ぎにお開きとなった。
大満足であった。
店を出てドクター・オクトパスから紙袋を託され、そこで別れた。
家内と駅へと向かいつつ、ふと気付く。
子らへの土産の定番、音羽巻を買い忘れていた。
確か音羽寿司はここらに幾つかあったはずだ。
夫婦二人で音羽寿司を探しつつ歩くことになった。
ものの数分で音羽の看板を見つけることができた。
良かった良かったと二人で安堵し店に入るが、入った瞬間、見知った音羽寿司とは佇まいが異なり場違いだと気づいた。
しかし、言葉の方が先に出た。
音羽巻が欲しいのですが。
うちに巻きずしはありません。
案の定の素っ気ない返答であった。
料亭や割烹といった趣きの店であり、カジュアルな巻きずしなど望めるはずがない。
いなり寿司をください、と言わないだけましな話であった。
わたしは踵を返そうとした。
が、帰ろうとするわたしを引き止め家内が言った。
せっかくだからトロたくでも食べて帰ろう。
寿司屋の帰りに二次会でまた寿司を食べるのも粋な話だと酔ったわたしは賛同し、そのまま二人でそこに腰掛けることになった。
ハイボールで乾杯し夫婦で二次会。
北新地を舞台に繰り広げられる寿司職人最強列伝について板前さんが話してくれる。
その話がなかなか面白く、なおかつ、ちょいと幾つか摘む寿司も結構うまい。
あっという間に時間が過ぎて、そろそろ引き上げようと席を立つ。
そしてお勘定してもらった驚いた。
ほんのすこし摘んだだけでこの値段。
ここは音羽寿司でも音羽別館。
つまり別格であって値段も一級。
このような贅沢な寿司三昧の道中を経て、君たちが手にするキャップはもたらされたのだった。
いずれも入手困難な一級品。
君たちのためにとドクター・オクトパスがわざわざ直輸入で仕入れてようやく手に入った稀少な帽子なのである。
二つの帽子のサイドストーリーとして、誰の手を通じどこをどう経て家へと運ばれたのか知っておけば更に愛着増すことだろう。