KORANIKATARU

子らに語る時々日記

息ができる場所

家に風呂はあったが親父が入るのを見た記憶がない。

 

わたしが子どもの頃、サウナは結構高かった。

だから毎日サウナに入って帰ってくる親父をすごいと思った。

 

一杯飲み屋についても同様。

「今日は一杯飲んでから帰る」

親父の言葉が子ども時分のわたしの耳に残っている。

 

好きなものを食べ、サウナに入ってから帰ってくる。

そんな自由を享受できるのが大人なのだと、わたしは憧れを覚えた。

 

そしてほどなく、今度はわたしが親父になった。

まったく同じ。

 

家に風呂はあるが、滅多に使うことなく頻度は激減の一途であり、食事もたいてい外で済ませる。

 

風呂は熊野の郷か和らかの湯。

朝はコンビニで手早く済ませ、昼と夜は牛丼屋か餃子の王将でこれまた手早く済ませる。

ときおりは一杯飲み屋にも寄り、今週の火曜と金曜は馳走に寄ってひとりビールを飲んだ。

 

子ども心に描いた夢はどうやら実現できたと言えそうだ。

 

夢と言うにはあまりにスケール小さな話であるが、そのような自由さは大人男子にとって貴重な「息ができる場所」と言え、その実現は必須であると子らに向け声を大にして伝えておきたいところである。

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Construction workers taking lunch break on the edges of the building they’re working on. London. 1929.