寒波の影響を侮っていた。
薄手のブルゾンではとても抗えない。
血も涙もないような無慈悲な寒さにうち震える一日となった。
風がいっそう冷たさを増す夕刻、大阪駅で電車を降り一目散で地下街へと駆け込んだ。
帰宅の途につく人混みの流れに逆らって歩き、アバンザを目指した。
ホリーズカフェはすぐに見つかった。
わたしは家内の前の席に腰掛けた。
家内は英語のテキストを広げて勉強していたから、まるで学生の待ち合わせではないかとわたしは思った。
この日京都で美容のケアを受けていた家内が顔をあげた。
どう?
それが第一声だった。
わたしは間髪入れず言った。
完璧やと思う。
予約時間まであと5分となったので、そこから連れ立って北新地のネオンの世界へと足を踏み入れた。
同伴出勤のメッカとも言える地を夫婦で歩き、定刻、ワイン食堂緒乃に到着した。
出だしのシャンパンがきりり冷えてかつまろやかでとてもおいしい。
後に続く白ワインも赤ワインもなんとも豊かな味を醸し、口に含んで美味と感じる時間が普通のワインよりも長いと感じられた。
ついでに頼んだハイボールも隣接するBar緒乃のものであるから、ハイボールとのカテゴリーを抜けて出て、別の名で呼んだ方が相応しいのではと思えた。
もちろん料理も普通ではなかった。
そりゃ当然、緒乃さんのプロデュースであるから普通で収まる訳がなかった。
ラインアップとしては洋食であり、メニューに名を連ねるのは洋食の定番であったが、出てくるとどれも見慣れぬ一品で、ああなるほど、緒乃さんの創意工夫によって定番が緒乃風に換骨奪胎されているのだった。
外観からして見事な出来栄えで、一口食べるたびに時が止まり、いったい夫婦で何度顔を見合わせたことだろう。
感動に次ぐ感動といった打ち続く感動体験を夫婦で共有し、三宮の木下さんや谷町の三心さんや北新地の緒乃さんといった超のつくような一線級になると、料理は料理でもモノがまったく異なるのだと再認識させられた。
天才の持ち技の粋を集めた究極の食事を堪能し、申し分ないほど親切で丁寧な接遇に心を癒され、気持ち暖かとなって店を後にしたが、やはり依然として外は寒風が吹きすさんでいた。
そんな寒さなどものともせず、夕刻よりも更に艶っぽくて妖しい雰囲気となったネオンの街を駅へと歩いて、思った。
明日はちゃんとコートかダウンを羽織ろう。
見回しても薄手のブルゾンで闊歩する男など北新地には見当たらなかった。
ついでに言えば、そんなブルゾンの男に古畑任三郎のモノマネをして歩く女性も北新地には見当たらなかった。