月末には実家に寄る、と決めてはいたが1月、2月と忙しさにかまけ足を運んでいなかった。
ようやくこの夜になって時間をみつけ「皆伝」という日本酒を携え実家に向かった。
約3ヶ月ぶりのことであった。
父と母とわたしの三人で炬燵を囲む。
たまには顔を出せと父は言い、日本酒をコップに注ぎながらわたしは頷いた。
慌ただしい日々に身を置くと3ヶ月など瞬く間であるが、ゆっくり時間が流れる側にいればどうやら長く、特に待つという心境も加わると更に長く果てしないといった感じになるようである。
昔なつかしの母の手料理を味わって、今後はしばしば顔を出そうと心に決めた。
お酒はほどほどに。
そう自制する父であるので日本酒720mlが一本空いたところでお開きとなった。
いつまでも元気。
そうわたしは思いこんでいるが、いつまでも、など誰にとってもあり得ない。
何があっても不思議はない。
そんな現実の気まぐれについて大の男なのであるから重々承知していて当然という話だろう。
仕事を終えわたしがひとり居酒屋で無聊をかこつとき、いま親はどうしているのだろう、と少しでも思い浮かべることがあれば3ヶ月も足が遠のくなどあり得なかったはずである。
忙しさなど自身の薄情の言い訳にはならない。
実家をあとにするとき、いつものように母が玄関先まで見送ってくれた。
その手料理の残りを手に提げて帰途につく。
つらつら考えつつ、いつのまにか家が近づくが、やはりどうやら飲み足りない。
電車を降り、左手に折れ改札を抜けわたしは焼鳥たくみのカウンターに陣取った。
うずら、砂ずり、とりみ、かわ、きも、計5皿とキリンビール2本でちょうどよい仕上がり。
今度は実家にビールも持ち込んで、そこで長居することにしよう。
それが結論。
答えが見出せたところでお勘定と大将に声をかけた。