体力に過信があったのだろう。
炎天下で消耗し切ったことにわたしは後になってから気づいた。
まさか自分が暑さにやられるなど思わなかった。
出先での帰り道、しっかり足が踏み出せず、ふらついた。
こんなことは二日酔い以外でははじめてのことだった。
身体中のセンサーが誤作動を起こし統制がきかなくなる。
処置怠ればあと一歩でそうなるのは目に見えていた。
悪くすれば命にかかわる、朦朧としつつそう実感し肝だけが冷えた。
だから自動販売機を見つけまずは水をがぶ飲みした。
続いて近くにあった浜田温泉に駆け込んだ。
目当ては水風呂。
熱がこもってこうなったのであるから冷やせばいい。
ほうほうの体で脱衣してシャワーを浴びてから飛び込んだ。
水滴が跳ねてキラキラと光を放つ。
潜水艦のようにわたしは全身を沈め、今度はすぐにまたカバのように浮上し、続いてはせっかちなカッパみたいに再び潜り、そんなことを繰り返し、その度跳ねて光る水滴はわたしの歓喜の度合いを如実に物語っていた。
しかしそれでも回復にはほど遠かった。
だから外はまだ明るかったが、事務所には戻らず家に帰ることにした。
カラダを引きずるようにし帰途につき、時折立ち止まってはため息をつき、そしてまた思い直して歩を進める。
そのようにじりじりと家に向かうが、この道のりをこれほど遠くに感じたことはなかった。
阪神電車でひと駅、そこからバスで10分。
この距離でタクシーを使うなどあり得ず、歩を進め続ける以外の選択肢はなかった。
甲子園球場を訪れるトラキチの賑やかな群れとともに駅で掃き出され、改札を抜けるとちょうど目の前にバスが来ていた。
乗車口だけを目に捉え、そこに向かって前のめりになって進み、あと10mというところ。
プシューという無機的な音を立てて扉が閉まった。
わたしのカラダを駆動するのはこのとき慣性の作用だけ。
風に飛ばされるゴミ袋のようにようやく乗車口の真ん前にたどり着くも、閉まった扉は閉まり続け、うんともすんとも言わず閉まったままであった。
もしわたしが瀕死であれば、ここが命の分かれ目であっただろう。
ああ、いい人生だった。
みんなありがとう。
そう思って天を仰ぎかけたとき、プシューと音がし、まさかと視線戻すと閉ざされた扉が、さあおいでと、一言一句優しく語りかけるかのように開き始めたのであるからわたしはこの目を疑った。
海が割れたというモーゼの奇跡と同様の、時間が逆回りするかのような奇跡が眼前で繰り広げられたのであるから驚いて当然だった。
慈悲によるのか思し召しか。
ともあれ、わたしは生への側へと招き入れられた。
わたしは運転手に何度も礼を述べてバスを降り、今夜はビールだと迷いなく束で買い、無事、家内の待つ家に帰還した。
考えれば、大なり小なりあれこれあってかいくぐり、毎日生還を果たし続けているようなものである。
つまり毎日、誰かがわたしのために扉を開けてくれている、ということであるから、礼を言う相手はバスの運転手だけにとどまらない、ということに家で安堵しわたしは気づいた。