KORANIKATARU

子らに語る時々日記

飲み仲間でありかつ飲まない仲間

京都での業務を終え家内と合流した。

美容院に寄ってきたのだろう髪型がばっちり決まっていて、おろしたてのグリーンのワンピースが目に清新。

蒸し暑さがやわらいだような気がした。

 

夜にワインが主題のディナーが控えていた。

つまりこの日は「飲み仲間」復活の日と言えた。

 

あとは家内に連れられて動くだけ。

思考をオフにし、ああ楽しい。

 

長く「飲み仲間」であり続ける夫婦であったが、このところ互いお酒から一歩の距離を置き始めていた。

 

家内の主題は美容であり、わたしの主題は仕事。

大事なことを本当に優先するのであれば、もうこの歳である。

取るべき方針は明らかなのだった。

 

かつて、うちのおかんは言っていた。

カラダだけ健康やったらええねん。

 

その意味がいまとてもよくわかる。

 

カラダが資本で、突き詰めればこの脳みそが仕事の成否を左右する。

もとよりオツムの性能はいまひとつ。

そして誰かが何とかしてくれる訳ではなく、一休さんが知恵を貸してくれる訳でもない。

であれば、日頃から整備し、よき出力が得られるよう最善を尽くしておかねばならない。

 

しかし不思議なものである。

この歳になって、母の言葉が身に沁みる。

母は他界してしまったが、いまもこうしてその言葉が実質を伴ってわたしに作用する。

 

それで飲みつつ、夫婦で話し合ったのだった。

 

親の影響は侮れない。

だから今後息子らと食事する際は、飲まない姿を見せるべきではないだろうか。

 

親として息子らにどうあって欲しいのか。

口で言うより実地で示す方がはるかに説得力があるに違いない。

 

だから、この日のように肩肘張らず夫婦で「飲み仲間」となることもあり、その一方、結構多くの場面でわたしたちは「飲まない仲間」であり続けることになるだろう。

 

大事なものを大事にする。

そのように夫婦で価値観が一致して、おそらく多分、わたしたちは正しい道へと導かれている。 

2024年6月28日昼 HOTEL THE MITSUI KYOTO FORNI

2024年6月28日 烏丸御池 紫野和久傳

2024年6月28日夜 京都丸太町 la pleine lune ワイン会