夕刻、魚屋の前を通りかかると赤貝が幾つか売れ残っていた。
大ぶりのものを二つ捌いてもらうことにした。
家内の大好物である。
喜ぶに違いない。
魚屋の大将が言った。
スーパーの赤貝とは比較にならない。
香りからして別物。
確かに魚屋たこやが扱う品はすべてにわたってものがいい。
中トロのブロックも買い求め、家へと向かう。
家内が喜ぶに違いない。
そう思うと先取りでわたしにも喜びが込み上がった。
この夜はシーバスリーガル。
ハイボールにして飲み、簡単質素な夕飯を家内とともに楽しんだ。
もちろん中トロのブロックの半分以上は二男のために取り分けられた。
美味しいものはまず先に子に食べさせる。
家内のその在り方は揺らぐことなく一貫している。
子が幸せであってはじめて、幸せというタイプ。
わしの幸せがまず先で、後は野となれ山となれ。
獣臭漂わせるかのごとく子らの分まで先食いするおかんとは端から種族が異なる。
二男が帰宅し、日課である自主トレが始まった。
クラブ活動がなくなって久しく春の四国合宿も中止になった。
この分だと目標にしていた大阪大会やインターハイも消えてなくなるのかもしれない。
だからといってトレーニングを欠かす訳にはいかない。
年々、体躯が頑丈になっていく。
親としてはそれだけで十分嬉しいが、本人の心中はカラダの仕上がりとは裏腹に揺れ動いているに違いない。
一体全体、この先どうなるのだろう。
大会は、学校は、入試は、どうなるのだろう。
考えても答えは出ず、出口のない不安の螺旋に入り込んでも無理はない。
しかし、そこでもたもたしてしまえば、負の流れが加速するだけ。
押し寄せてくるネガティブな波を押し返し、すべきことを粛々とこなすだけのこと。
不安材料だらけのなかで前を向く。
この過程が彼の男を研磨する、そう思って親は見守るしかない。
二男の練習風景を眺めていると、家内が長男からのメールを見せてくれた。
塾のバイトで一日8時間の授業をこなし、疲労困憊の日々を過ごすが楽しいのだという。
無理しなくていいという母の言葉に、「無報酬でも引き受ける、それくらいやりがいがある」と彼は返した。
4月1日、長男は教え子であるちびっ子女子から手紙をもらった。
いかにもラブレター、そんな装いの手紙だった。
なかを開けるとこうあった。
「ドッキリ大成功、エイプリルフールだよ」
先生をからかうちびっ子女子も可愛いが、ちびっ子女子にからわかれる長男もこれまた可愛い。
子らの近況に接するだけで楽しい。
いつか登場人物が増え、孫らの近況も含め夫婦で語って過ごす日が来るのだろう。
そう思うと今から楽しい。