金曜夕刻、仕事を終えいつもの魚屋で中トロとヒラメ、タコと床ブシを買った。
夕飯に刺身が食べたい。
二男がそう言っていると聞いたから奮発したのだった。
そして酒屋でスパークリングを選んで帰途についた。
駅を降りたとき前を歩く若い夫婦に目が留まった。
背にするリュックが色違いのペアで、男子がバギーを押し女子が買物した荷物を手に提げている。
楽しげに会話していて、この日吹く風は冷たかったが、そこだけほのぼの暖かく見えわたしの胸も温まった。
幸福を絵に描けばこうなる。
そんな光景を目で追って、幸福というのは実にありふれたものなのだと再発見するような思いとなった。
家について風呂をあがってさあ飯だと意気込んだ。
が、息子がリビングで勉強中で夕飯の時間はまだ先になるという。
空腹が耐え難くわたしは駅前の立食いで軽く夕飯を済ませることにした。
風は冷たさを増し、蕎麦屋はがら空きだった。
暇でしょうがない。
そろそろ今日は店を閉めようと思っていたところだった。
大将はそう言った。
さっさと蕎麦を喉に流し込み、帰宅しもう一度シャワーを浴びたところでどっと疲れを感じ自室で休むことにした。
言わば三等船室。
そこが居場所でわたしの寝ぐらであった。
階下から夕飯をともにする母子団欒の声が聞こえてくる。
おいしいと言って食べる二男の声が聞こえ、そりゃそうだろうとわたしが選んだ中トロの色つやを思った。
次の日は土曜日。
会合の予定がなくなったので丸一日自由。
遠出し広々としたところで羽を伸ばそうとでも思っていたが、寂とひとりで勉強にでも励むことにした。
このところいくら何でも遊び過ぎだった。
人生まだまだこれから。
そうであれば、週末の貴重な時間をもっと有意義に使うべきだろう。
金曜夜、三等船室の無骨な肌触りがわたしを初心へといざなったのだった。