仕事で遅くなったので食事を済ませて帰ることにした。
例年であればこの時期は飲み会だらけ。
それが全くないのだから、そのしわ寄せが家内に行く。
食事の支度も連日になれば負担であるに違いない。
こちらが意識して、たまに楽をしてもらってこその夫婦であろう。
電車を降り駅前の焼鳥屋に向かった。
外から見ると店内に客の姿はほとんどなかった。
密からほど遠いことを確認してから引き戸を開けた。
と、同時、客席に座っていた何人かが一斉に立ち上がったので驚いた。
外からは客に見えたが、実は彼らは店員だった。
つまり、客など一人もいないのだった。
貸し切りも同然。
庶民的な焼鳥屋にノラ・ジョーンズなど洋楽がかかって、なかなかの雰囲気。
ひとりビールを飲んで弛緩した。
しかし、くつろぎの時間はあっという間に過ぎ去っていく。
まもなく息子が帰宅する。
油を売る時間も潮時。
息子が好みそうなものを持ち帰り用に選び、ビールを飲み干してから手に携えた。
帰宅すると案の定、家内はスヤスヤと眠っていた。
日頃、過剰なくらいに活発。
たまの休息が不可欠と言えた。
湯につかっていると、門の開く音がした。
ただいまとの声が聞こえ階段を上がっていく音が引き続いた。
もちろん、二男も母を気遣って起こさない。
わたしは息を潜めて耳を澄ました。
おそらく今頃、キッチンカウンターの上に置かれた夜食を見つけているに違いない。
息子の喜ぶ顔が頭に浮かんで、湯船でわたしはひとりにやけた。
耳に届きはしないが、ぱくぱくと食べる音が快活。
そんな様子まで伝わってくるような気がしてますますにやけた。
静かな夜。
わたしは湯船で憩い、家内の快眠と息子の快食を音で感じて更に安らぎにひたった。
微か暮らしの物音が家に息づき、平穏の心地よさが夜の深まりとともに身中に満ちていった。