この日から強力メンバーが加入した。
事務所の厚みが増してただただ嬉しい。
お客さんにもメリットあるから大いに喜ばれることだろう。
わたしとしてはここで働いて幸せになってもらえれば何より。
思えば、すべての良き変化は向こうからやってきた。
わたしは受け身に応じるだけ。
真面目にやっていればそのうちいいことがある。
だから、そんな思想が染みついて、子らにも語る。
コツコツこそが最強最速。
これまでの道行きを振り返りながら、夕刻、近鉄鶴橋駅で家内を待った。
背にする店は焼肉ライク。
客寄せのBGMが盛んに流れ、合間合間に牛の鳴き声が混ざる。
それがだんだん悲痛な泣き声に思え、物悲しくてそこを離れた。
と、そのとき家内から電話が入った。
電車が来るから早く、とのことだった。
いつのまに。
すでに彼女は階下のホームにいたのだった。
あわてて駆け下り電車に飛び乗る寸前、踏みとどまった。
1番線だと奈良は奈良でも異なる奈良に連れられる。
わたしたちが向かうのは大和八木。
タコちゃん生誕の地、大和高田のその向こう。
その地へと続くのは1番線ではなく2番線なのだった。
わたしたちが乗った青山町行きの急行は、奈良の奥の奥へと分け入っていった。
冷え込みの度が増し、扉が開くと奈良いにしえの冷風が吹き込んで車両の底を這い回った。
しかし、そこは近鉄線。
座席下にも温熱源があって、足元は暖か。
だから、寒風が足元にまとわりついても心地よく感じられた。
いくら外が寒くても内の暖かさがまさるなら、冬の風情もなかなかのもの。
近鉄線で訪れる奈良の奥地は冷気にさえ情緒が伴うのだった。
大和八木まで鶴橋から30分ほど。
想像していたよりも遥かに近かった。
駅南口を降りローターリーを横切ると、「肉といえば松田」が眼前に現れた。
カウンターに家内と並んで座り、まずはワインで乾杯。
聞こえ高い肉料理の数々を味わった。
しめて二人で27,000円。
今度は春先。
その頃、二男を引き連れ再訪しよう。
そう話が決まって、次回の予約をしてから店を出た。
ここは奈良。
空の漆黒の純度は高く、その闇夜を背景にするから駅前のイルミネーションは一層増しに輝いて見えた。
ツリー状のオブジェを見上げ、胸いっぱいに冷気を吸い込んで、思った。
やはり、太古の匂い。
わたしたちは距離を移動したのではなく、時間を移動したのだった。
そんな一風変わった旅情の余韻にひたりつつ帰りの電車に夫婦で揺られた。