寒暖の周期が短くなって、そろそろ花粉が鼻腔をくすぐり始めた。
春である。
この日が節目。
家内の弁当作りに一区切りがついた。
子らが園児だった頃を始期とし、気づけば終期。
ちびっ子の頃はちびっ子らしく愛らしい弁当を携えた。
塾に通い始めて以降は、愛らしさは後景に下がりボリュームが前面へと躍り出た。
土器に年代区分があるように、うちの家では弁当が雄弁にその時代を物語る。
塾時代には頻度も増えた。
長丁場になれば二食、三食となるのも当たり前だった。
その延長上に中高時代があった。
長男のときも二男のときも同じ。
おまえの弁当なんやねん?といった風に教室で衆目を集めた。
息子らは家ではもちろん家内が作った料理を食べ、外でも同様。
弁当という形で家内が作ったものを食べて育ったのだった。
良質な食材にこだわってきたが、本質はそこに宿る非物質の方にあった。
単に愛情と言って指し示される以上の言外の何かが弁当を通じ子らに吸収されていった。
それらが力となって内に永劫とどまり、母という存在の巨大を彼らは後になればなるほど痛感することになるだろう。
そんな弁当もひとまずお役御免。
今後は子らの帰京の際の余技として復刻版がお披露目されるくらいのものだろう。
日常の流れのなかに、折々、ふとした節目が訪れる。
その一点をマークするのに日記は結構に役に立つ。