明石で業務を終えた後は、海を眺めて帰阪することになる。
業務中は自身が仕事人間に置き換わっている。
汽車に揺られ、ほどなくして我に返って思い出す。
が、この現実が呑み込めない。
そもそも生まれ落ちたときから存在し、以降、その存在が当然の前提だった。
不在という現実に馴染める訳がない。
誰の笑顔が見たいか。
面接の際、応募者に必ずそう聞く事業主がいる。
返答は様々だが、正解がある。
最大の恩人は誰にとっても共通で、自分にもっとも良くしてくれた人の笑顔がまず真っ先に挙がるべきだろう。
海の向こうにその笑顔を思い浮かべつつ、考える。
つい先日まで元気にしていた。
それなのにいま電話をかけてもつながることはなく、どこを探しても見つからない。
この出来の悪い脳味噌で、宿る知識も僅かなものであるから、考えても考えても、それがどういうことなのか、到底、理解が及ばない。
しかし、これだけは言えるような気がする。
姿形は失われても、その精神は確かに実在したものであり、いまも実在している。
つまり、呼びかけても返事はないが、そばにいる。
海を眺め、胸が詰まる。
こんな気持ちになる日が来るなど思いもしなかった。