視界に入る景色によって、意識を向ける対象がランダムに入れ替わる。
駅へと足を運ぶ人波、携帯の着信、遠くに見える山並み、そして心の内奥。
サーチライトに照らされるように様々なものに焦点が結ばれ、移ろっていく。
遠い昔の記憶が眼前に浮かぶと、しばし思考はそこにとどまり足も止まる。
職場にたどり着くと、まるでテレビのチャンネルが固定されたみたいになって、視線はもっぱらこなすべき業務にだけ注がれる。
課題を完遂してから実家に立ち寄った。
黒く分厚い雲に空が覆われ雨は止まず、半袖では肌寒い。
実家では、他に視線を向けようがない。
理解の及ばぬ現実を前にし、親父と二人、口を開けば嗚咽になるから、じっと黙って無言で過ごした。
実家を後にし家に帰る。
そこには家内がいる。
家内がいろいろと思い出を語り、家内は口調や仕草といった特徴を捉えるのが上手だから、振り返って口にする言葉が、まさに本人が言っているようにしか聞こえない。
面影を偲ばせる何かが確実にここに残っている。
そう思えるだけで心がずいぶんと癒やされた。
ひとしきり思い出にふけり、夕飯をとるため外に出た。
雨の降り止まぬなかクルマを走らせ、家内が言った。
残りの人生、あっと言う間だろうね。
結婚してまもなく丸22年となる。
結構な歳月が瞬く間に過ぎた。
この先、残された時間もせいぜい20年か30年というところだろう。
そう思えば、家内の云う通りあっと言う間ということになる。
夜の路面は雨に濡れ、そこに映る光は角が取れたみたいに優しくて柔らかい。
途上、二男から届いたメールに目をやると、夏に運転免許を取るとあった。
長男からは『フライト』という映画が面白かったとのメッセージが送られてきた。
食事の後は、Netflixで映画でも見よう。
家内とそう話し、思った。
たとえあっという間でも、それが連なっていくのであれば虚しさからはほど遠い。
夜、一斉に明かりが灯るみたいに、その優しい笑顔が家族それぞれの胸に刻まれた。
このほど、皆の胸の中へと引っ越したといったような話であり、だからまだ当分、その笑顔が消え果てることはない。
わたしたちだって、いつか子らの胸の内に引っ越すことになる。
あっという間の一語ではとても片付かない。