テレビから「厚岸」という言葉が聞こえてきたので、一瞬、夫婦の目が画面に引き寄せられた。
ああ、懐かしい。
その後それぞれ忙しく、『遠くへ行きたい』を見るでもなく用事するが、会話は七年前の北海道旅行をめぐるものとなった。
厚岸で食べたバーベキューが、ほんとうに美味しかった。
わたしたちはゾウアザラシの家族さながら、バケツいっぱいの牡蠣を皮切りにあらゆる魚介を平らげた。
その甘美な思い出が地名のワンワードに凝縮されている。
だから、映像は不要で、「あっけし」との一語が耳に響けば、それで旅の記憶が鮮やかに蘇るのだった。
またいつか家族で「あっけし」。
そう言い残し、家内は料理教室に参加するため京都へと出かけていった。
わたしはこの晴天の日曜を思う存分運動に充てるつもりだった。
そのため腹ごしらえが必要で、自分で麺を茹でてサカイの冷麺に舌鼓を打ち、その勢いでぴょんぴょん舎の盛岡冷麺も腹へと送り込んだ。
まずは武庫川を一時間ほど走って、家に戻って一休みしてから、ジムへと向かった。
たっぷり時間をかけて筋トレし、サウナに入って、マッサージチェアの段階でもう心はやって落ち着かない。
頭には焼肉とホルモンが飛び交っていた。
急ぎ足でジムを後にし、部屋着みたいな格好のまま先週と同様、西宮北口の「大松」へと駆け込んだ。
時刻は午後3時。
わたしのなかのスポットライトが鉄板を照射した。
大衆的な店であるが、結構うまい。
近くにホルモンを供する店がまったくないからこの店の存在は貴重と言えた。
その昔、まだ子どもたちが小さかった頃のこと。
女房の実家をしばしば訪れ、炭火焼肉をたっぷり振る舞ってもらった。
そこで食べるホルモンが絶品で、舌にしっかりその美味が染み付いている。
が、いつしか足が遠のき、いまでは年に一度行くか行かないかとなって、だからホルモンを食べる機会も失われていった。
その美味が近所にある大松で再現されたのであるから、なんと素晴らしいことだろう。
わたしは思い描く。
息子らとジムで激しく運動し、男三人で大松へと移動する。
三つのスポットライトが鉄板を照射し、ホルモンが一気にほどよく焼ける。
ビール、レモンサワー、ハイボール。
何杯もおかわりし、過去の旅行や食事を振り返る。
沖縄で食べた肉も美味しかったが、そう言えば、厚岸でたべた海鮮バーベキューも死ぬほど美味しかった。
兄弟のうちどちらかが思い出し、また北海道に行こうとの話が持ち上がる。
今後、それぞれの忙しさが右肩上がりで増していく。
だから再訪の地は選りすぐりの場所ということになる。