信楽でセラミック・アート・マーケットが催されていた。
家内に急かされ、朝7時にはクルマで出かけた。
渋滞につかまることなくスムーズに走って一時間ほどで会場である陶芸の森に到着した。
まもなく紅葉がピークを迎える。
木々が色づき目に眩しく、空は青く空気は凛として、見渡す限り山間の景色は秋一色に染まっていた。
そこに身を置くだけで、都会暮らしで身にうっすら積もった疲弊の垢が一枚一枚きれいに剥がれ落ちていった。
子どもの手が離れた初老夫婦にとって、日曜の時間を過ごすのに格好の場と言えた。
小さい頃は危なっかしくて子どもたちから目が離せず、大きくなってからは各自スポーツのフィールドで見せ場を作ってくれたから目が離せなかった。
しかし二人が東京にいてはそうもいかない。
夫婦で人気作家の作品を見て回り、朝兼昼食を食べ、また見て回った。
いまは二人暮らしだから食器を揃えるにしても夫婦の分の一対でいいのに、料理皿など家内は四枚セットで買い求めた。
四枚にこだわって三枚しか揃わない品は気に入ったとしても購入を見送った。
家族四人で食事する。
いつまで経ってもそれが家内のなかの基本構成なのだった。
信楽ナンバーワンとの呼び声高い文五郎窯は陶芸の森に出展していなかった。
だから帰途、近くの裏山の細い道をクルマで駆け上がった。
隠れ家とも言える場所に、品のいい陶器がずらり並んでいて目を見張った。
出合いの品があり、ひとつひとつ微妙に大きさや色合いは違ったが、近似の二つを持ち帰ることにした。
これで十分。
まだ時間はいくらでもあったが、陶芸の森へと続く長い車列を横目に、わたしたちは帰途に就いた。
家内の頭には仕入れた食器に盛る料理がイメージ豊かに浮かび、わたしの頭には夜に食べると決めたホルモン各種が浮かんでいた。