二月の誕生日に妹が母に自転車を贈った。
乗りやすいと母はとても喜んだ。
そのあと三ヶ月もしないうちに母が他界したので、自転車は真新しいまま持ち主を失った。
四月に事務所を移転したが谷六を選んだのは、実家が近くなることが理由のひとつだった。
もっと頻繁に行き来できるようになると思っていたのに叶わず、母を一度も事務所に招くことができなかった。
自転車は事務所で引き取ることにした。
あちこちその自転車が走り回る。
それで何かが生き永らえるように思えた。
しかし、既存の自転車の方が大きくて進みよく、母の自転車は事務所の飾りのような存在となってしまった。
わたしはめったに自転車に乗らない。
が、このところジムへと向かう際、よく自転車を使うようになった。
それで思いついた。
わたしが自宅界隈で乗り回そう。
先日、事務所から自宅まで自転車を連れ帰った。
谷六を出て松屋町の自転車屋でタイヤに空気を補充し、本町、阿波座、野田阪神、塚本、尼崎といった地を経由し西宮へと向かった。
二時間ほど走って眼前に六甲の山並みが正面に見え、なみなみとした清流を運んで緑豊かな武庫川を渡った。
西宮の地は光り輝いているように感じられた。
いま玄関前に自転車が停めてある。
ようやく落ち着くところに落ち着いた。
そう思え、深い安心感のようなものが込み上がる。