先日、うちにやってきたスキイチは医者になるか数学者になるか迷いに迷った末、京大理学部の合格を辞退し国立の医学部へと進んだ。
しかし、数学への情熱を失った訳ではなかった。
医師としての職務を全うしつつ数学の勉強を続け、五十を過ぎ何か役立つことを思って、地域の子どもたちのために無料で算数教室を開催したり、いまは「算数ビレッジ - YouTube」にて中学受験の算数の問題解説や予想問題作成などを行っている。
なるほど星の光。
なんて大阪星光出身者らしい取り組みなのだろう。
そんなスキイチのことを思い出しつつ、この日、わたしは天六へと向かっていた。
天満の駅を降りるとたちまちいい匂いに包まれた。
さすが大阪きっての食の激戦区。
ここはおいしい店がひしめき合っている街なのだった。
北へと進んで商店街を抜け、右手に折れるとまもなく「家族のようにあなたを診ます」との置き看板が視界に入った。
エレベータで3階にあがれば福効医院で、そこで天六のいんちょと合流し二人で街へと繰り出した。
算数という流れで言えばこの人物も学生時代に浜学園でアルバイトしてカリスマ講師として名を馳せた。
大阪星光33期は誰であれ算数ができ、そのうちの何人かは特殊に際立って算数ができるのだった。
まずはご飯を食べようと近所にある天六バルのカウンターに陣取った。
最初に出されたのは、おでんだった。
一口食べてその実力のほどが理解できた。
続くどの品も絶品、お酒が進んだ。
そしてお酒が進むから自然な流れで、かねちゃんも呼ぼうとなって連絡を試みた。
送ったメッセージは既読にならないが、そのうち気づくに違いない。
落ち合うならミナミだろうとあてこんで、わたしたちはタクシーにて移動した。
雨が降り続くのにミナミはどこもかしこも大勢の人でごった返していた。
適当な店に入ってかねちゃんからの返信を待ちながら、家族の近況など積もる話を交わし、甥っ子姪っ子にもめちゃくちゃ優しい天六いんちょの器のデカさに感心しつつ、子どもたちが元気で心根優しくすくすく育って何よりだと互い喜び合ううち時間が過ぎて、いつの間にやら時計の針は午後11時を指していた。
今日はこれくらいにしといたろ。
かねちゃんとは会えずじまいのまま解散となった。
わたしは酔って頭がバカになっていたのだろう。
タクシーではなくラーメンに引き寄せられ過剰なカロリーを摂取して、腹まで満ち満ちてタクシーに乗って家路についた。
運転手が言うにはいまコロナ以前と同様の稼働状況に戻ったという。
ひどいときには一日のあがりが5千円にしかならなかった。
いまは普通に流して3万円は超える。
コロナ禍が落ち着いてほんとうによかった。
運転手の笑顔をバックミラー越しに見ながら、わたしと運転手もまた互い喜び合った。