二男が出発したのを見届けてから家を出た。
休日の朝、クルマで走るだけで心が浮き立つ。
向かうはジム。
窓の向こうに広がる日曜の青空を眺めながら40分間筋トレし、トレッドミルではサンジャポを見ながらゆっくり1時間走った。
これでこの日こなすべき任務は完了。
ジムを一歩外に出た途端、わたしは自由の身となった。
階下に業務スーパーがあって、酒類の品揃えが充実している。
赤白のワインと瓶ビールを買い、何か食べるものはないかと店舗をぐるりとまわるが、うちの家内だと選ぶはずがないものばかりであったので、結局、飲み物だけをレジに運んだ。
家に戻ってリビングのテーブルに陣取った。
床暖がきいて採光もいいのでポカポカ暖かく実に快適。
読まずに溜まっていた新聞に目を通していく。
BGMに選んだ音楽は先ごろ来日したばかりのU2。
今回のツアーが『ヨシュア・トゥリー』の完全再現だとのことで話題になっている。
Spotifyでそのライブを検索し流した。
すべてが不朽の名曲。
学生時代から繰り返し聴いて耳に馴染んだどの曲も、久々聴くと新鮮で新たな発見に満ちまったく色褪せることがない。
結局、心地良すぎて居眠りし、気づけば夕刻。
流す音楽をクリスマス・ソングに変え洗い物や洗濯こなし風呂に入って夕飯の支度を整えた。
メニューはおでんと焼肉。
いずれも家内の作り置きである。
ビールを開けて、晩酌の相棒はザ・マンザイ。
ああ可笑しいと笑っていると、ドアの開く音。
二男かと一瞬思うが階段を上がってきたのは家内だった。
空港に着いたと思いきや帰ってきたので、その動きの速さに度肝抜く。
そして帰った途端にその饒舌もトップスピードとなって喋りはザ・マンザイを凌駕した。
二つのグラスに赤ワインを注ぎ、もりウインナーのビーフジャーキーをつまみに家内が仕入れてきた香辛料や調味料など食材談義に耳を傾けた。
みやげ話も一段落し、続いては子らの昔の写真など見て過ごし一枚の写真に二人して目が留まった。
日付は7年前の今日。
当時家内は西宮の小学校から上六の能開まで長男をクルマで送り迎えしていた。
ちょうど受験直前期。
できるサポートは全部する。
そんな意気込みで家内は塾弁をこさえ行きも帰りもクルマで長男を出迎えた。
長男自身も頑張った。
塾で全力を出し切るからだろう。
帰りのクルマに乗った途端、眠りに落ちた。
その寝姿を捉えた写真に夫婦して見入って、感じ入ったのだった。
中学受験は熾烈な戦い。
真剣になればなるほど息つく暇もないような持久戦の様相を呈した。
合格すれば温かな歓喜のシャワーが降り注ぎ、不合格となればすべてが水の泡となる。
後者の場合、努力すればするほど水泡に帰す無念の度合いが深刻になるから引くに引けない心理状態になるのは避けられず、笑って楽しくの正反対、まじかと頬をつねりたくなるようなシリアスな局面が引き続きそれにただただ耐えねばならない。
適切なフォローがなければ消耗し枯渇するのがオチ。
だからリングサイドであれ親も一緒になって戦うのが当たり前の話だった。
息子がいま全力で戦っている。
助手席の寝姿がそう物語るから、親として浮ついて調子にのったことなどできるわけがない。
できることは限られていて、せめて身を慎み祈るみたいに日々を地味に静かに送ることになる。
当時のなんとも言えない苦しいような切実感が、一枚の写真によって蘇る。
夫婦ふたりしてじっとその時間に目を注ぎ、息子の奮闘を称えるような気持ちになるのだった。
そうこうしている間に夜も更けた。
まもなく二男が帰ってくる。
家内からすれば二日ぶりの再会。
子ども時分、サンタが来るのを心待ちにしていたときよりはるかに胸が高鳴る。
家内にとって息子の存在はサンタとは比較にならない。
子がいると毎日がハレルヤ。
そんな日常に余計な飾りは一切要らない。