昔、昔、まだ自我が弱く、他人の視線が気になって仕方がないという思春期の頃。
ある想像に身がすくんだことがあった。
もし将来、自分が結婚することになり、式に親戚たちが集まったら。
そんな光景に怖気が走った。
祝祭の席にあの人々を招くことなど、到底できない。
相手側は、どう思うだろうか。
大声で酒を飲み、粗野な振る舞いをする「わたしたち」を目の当たりにして絶句するに違いない。
想像し、わたしは「わたしたち」のことを恥ずかしいと思った。
歳を重ね、社会の荒波に揉まれるうちに自我は厚みを増した。
かつて気に病んだ親戚の存在も、「それが何か?」と受け流せる程度にはなった。
しかし、彼らを肯定できるようになったわけではなかった。
積極的に紹介したい存在ではなく、できればタンスの奥にでもしまい込んでおきたい隠すべき「恥部」のような感覚は、心のどこかに残り続けていた。
幸い、家内は強かった。
当初は彼らの独特の空気に面食らって気圧されていたが、やがて適切な距離を見出し関係を薄め、今では顔を合わせることもなくなった。
結婚によって血縁は拡張されたはずだった。
が、現実は「選択的な疎遠」の始まりでもあった。
名目上は親族でありながら、実質的な交流は最小限に留まる。
おそらく、これが現代の親族関係というものなのだろう。
親族と言えど、育った環境や受けた教育、そして抱く価値観が異なれば、心の距離は物理的な距離以上に遠くなる。
かつて血縁とは否応なく引き受けるべき運命の紐帯だった。
だが今や、それは各人の文化的背景によって絶えず組み直されていく。
たとえ元は同じであったとしても、浴びる光や吸い上げる水が違えば、やがて全く別の樹木になるといった話である。
最近、しばらく疎遠になっている身内と顔を合わせる機会があって、その変貌ぶりにわたしは眉をひそめた。
うちの息子が結婚することになったとして。
とてもではないが、こんながらっぱち風情をちょろちょろさせる訳にはいかない、そう思ってしまった。
思春期の自分が親族を恥じたように、今度は自分が、息子のために誰かを排除しようとしている。
そう気づいて驚いた。
もちろん拒絶は、一方的なものではない。
相手もまた「わたしたち」を遠ざけるということだって起こり得る。
互いに見えない壁を築き、それぞれのテリトリーを守る。
かつて一枚岩であった血縁はもはや流動的な社会構造の一要素に過ぎず、「選ぶ関係」と「避ける関係」とのあいだで、絶えず再編され続けていく。
思春期に抱いた「恥」の感情の正体が、時を経てようやく理解できた気がした。
あれは、自分の属する世界を守るための、未熟ながらも必死な防衛感情だったのだ。
時代が移ろい、血縁は各人が任意に編集可能な暫定的なネットワークへと変容した。
その編集作業を、誰もが無自覚に行っている。
血は水よりも濃いという。
だがその濃さゆえに、価値観が異なれば決して交わることのない深い溝を生むことになるのだった。


