前日は街の南へと足を運んだ。
この日、滞在6日目の木曜は北東に針路をとった。
街は場所ごとに違った表情を見せる。
Cam’s kioskは下町といった風情の地域を抜けた先にあった。
背後にはヤラ・ベンド・パークの緑が広がっていた。
店先の桜が五分咲きといった様子で、視覚を通じまもなく春との季節感が胸へと染み込んできた。
各種プレートを頼み、朝から豪勢に食べ、食後は公園へと足を延ばした。
ここはヤラ川が大きく湾曲して流れる場所で、市街地にありながら豊かな自然を抱え込む市民の憩いの場でもある。
川を望みながら歩き、カヤックを漕ぐ人々に目をやった。
緑に包まれた場所でそんな光景を眺めていると、人生そのものが川の流れのように実に瑞々しいものなのだと感じられた。
ぽかぽか陽気のなか、ぶらり歩いてトラムの駅へと向かいホテルに戻った。
メルボルンには数々のカフェの名店がひしめき合っている。
スペシャルティコーヒーの先駆けとしてその筆頭に挙がるDukes Coffeeでコーヒーをテイクアウトし、前日に出会った保母さんのすすめで動物園へ向かった。
夫婦で動物園。
まるでデートみたいなものである。
小さな頃の息子たちの姿を思い出しながら過ごした。
過去と現在の時間が重なり合い、旅先ならではの温かな感情にわたしたちはひたった。
そして、夕飯は名店Clover。
テラス席にてグラスを傾けワインの香りにうっとりとし、店の看板料理を楽しんだ。
メルボルンの食文化の豊かさは、世界各地から集まる移民の歴史とも結びついている。
Clover の一皿一皿にも、その多様性が息づいているように思えた。
毎晩フォーを食べ続けていたから、この日は趣向を変えて帰り道にケバブを買い求めた。
一口味見すると、肉がふんだんに使われその力強いジューシーさに驚かされた。
思わず顔を見合わせるほどのおいしさだった。
家内が言った、ビールがいるね。
その言葉に背を押され、わたしは近くの酒屋へ駆け込んだ。
地元産のフルーティーなクラフトビールを手に入れ店を出たとき、ちょうどトラムがやってきて飛び乗った。
街の灯りに重なって車窓に映るわたしたちの姿を目にしながらこの日の旅を振り返った。
この先に待つケバブとビールを思うと、旅の満足感がよりいっそう深まっていった。