手垢のついた言葉が身に沁みる

昔とった杵柄。

その腕を見込まれて声がかかり、このたび家内は美容師さんたちを相手に耳つぼアロマの講習会を企画した。

 

やるとなれば徹底的に取り組む家内である。

準備に余念なく、手づくりのテキストまで用意した。

 

そこらの原稿を読むだけの講師とはまるで異なる。

中身濃厚。

ユーモアに溢れた楽しい講座となって大いに喜ばれた。

 

家内の姿を見ていると、「継続は力なり」だとか「努力は裏切らない」だとか、そんな手垢のついた言葉が実にまっとうに響いてくる。

 

今回、好評を博して、すぐさま第二弾についての要請も受けた。

 

ひょんなことから家内の活力源がどうやら増えた。

いつも元気な家内がいつにも増して元気になる。

わたしもその恩恵に与ることになる。

 

やはり、人の役に立ち喜ばれることにまさる幸福はない。

それが励みになって、より高みを目指し、自らに成長を促すという好循環が生まれる。

 

地に足ついた自尊心こそかけがえない。

 

そんな家内の活躍ぶりに、なんとなく上機嫌でいた木曜日。

ジムが休みだったこともあり、神戸でエステを受け終えた家内と合流し、夕食に出かけた。

 

かねてから「焼き鳥 龍」に行こうと家内に誘われていて、ようやくこの日、足を運ぶことができた。

 

行きは家内に運転を任せた。

 

門戸厄神は学生街である。

夕刻時、下校ラッシュと帰宅ラッシュが重なって駅周辺は人でごった返していた。

踏切を渡るにも一面に人波がひろがって、危険極まりない。

そんな難度高いゲームのような光景を前に、さしもの家内もたじろいだ。

 

このように難所をくぐり抜け、午後7時、店のカウンターに並んで腰掛けた。

 

コースで料理を頼み、どの一品もレベル高い品々であったから、かなりの年季の職人だと踏んで、若き青年にも見える店主に伺ったところ、この道わずか3年、ずぶの素人から焼鳥屋を始めたというから、驚いた。

 

開業へと至るプロセスを聞いて、わたしたちはさらに驚くことになった。

 

焼鳥屋をやろう。

そう思い立つや否や、店主は面識もないのに芦屋の名店「永来権」の大将のもとを訪れたという。

 

なんと厚かましい。

ぶっとびの行動力と言うしかない

 

幸い、永来権の大将は気さくに迎え入れてくれ、それに乗じて連日押しかけ、厚かましさに拍車のかかる一方的な交流が続くことになった。

 

以来、3年。

いまでは永来権の大将も食べに来てくれるレベルに至った。

 

わずか3年で素人がここまで。

陰で重ねた愚直な努力の分量は相当なもののはずだが、店主はそれに触れることは一切なく、終始一貫、すべては永来権の大将のおかげといった飄々とした物言いを崩さなかった。

その謙虚さもまた、この店の品格を高めているように思えた。

 

店主の人柄よく、店の雰囲気もとてもよく、アルバイト女子は関学生で接客も申し分なかった。

 

それに輪をかけ、締めのラーメンは単品で十分勝負できる域の出来栄えで、感嘆しどおしの食事となった。

 

帰りはわたしがハンドルを握った。

10分ほどの帰途、家内と「人生とんとん」といった話になった。

 

結局は後先の問題。

だから積極的に前倒しで努力して、苦労は先払いで済ませておくに越したことはない。

 

中身が空っぽのままいい目を見るより、培われた自尊心に憩いつつである方が、いい目の味わいは何倍も深く心に響く。

 

若い頃の苦労は買ってでもしろ。

手垢のついた、そんなありふれた言葉がいまになって胸に沁みる。

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2025年10月9日夜 門戸厄神 焼き鳥 龍