業務を終えて外に出た。
解放感にひたって弛緩する以前、尋常ではない空気の冷たさに身が縮んだ。
急いで駅へと歩き出そうとした瞬間、着信があった。
家内からだった。
踏切を渡ったところのローソン、とのメッセージに従ってわたしは振り返った。
踏切の向こう。
うちのクルマがローソンの店舗照明に照らされていた。
なんということだろう。
家内はわざわざ箕面までわたしを迎えに来てくれたのだった。
この日、事務所に手伝いに寄った家内と一緒に昼を食べた。
そのとき、仕事後どこかで待ち合わせようと話していた。
頃合いを見計らい、まさか大阪の北の果てまで女房がやってくるなど想像もしていなかったから、なんというのだろう、うちのクルマがスポットライトを浴びて神々しく輝いているかのように見えた。
助手席に乗って、わたしは思った。
ああ間違いなく。
彼氏にしたい女房ランキングの第一位はこの人をおいて他にはない。
家内がクルマを発進させて、わたしは夕飯の店を物色しはじめた。
帰り道にちょっといい感じの焼鳥屋があった。
重いものをガツガツ食べたいといった気分ではなく、手軽な感じを求めていたから焼鳥がちょうどよかった。
クルマで走って20分ほどで伊丹市街に差し掛かり、ちょっと路地に入ったところで目当ての店「焼鳥鳥源」を見つけることができた。
そしてこの店が大当たりだった。
コースの一品一品を歓喜しつつわたしたちは味わった。
実においしい。
それで焼鳥に魅了され、先日茂東桜の大将に教えてもらった京都橘に行きたくなってその場で予約し、夜8時のコースだったからついでの近くの宿も同時に押さえた。
追加も頼み、やはりすべてが美味しく、だから家内が鳥源の若き大将に話しかけるのは時間の問題だった。
気に入れば話しかける。
うちの女房は分かりやすい。
で、いろいろ伺って勉強になった。
若き大将は男前であるだけでなく勉強熱心で、伝説の系譜を引く名店について詳しく教えてくれた。
紹介される店のすべてをわたしはメモしていった。
北浜の鳥匠いし井、阪神福島のあやむ屋、三宮の焼鳥喜多村、京都烏丸の鳥さき、目黒の鳥しき。
焼鳥について語るなら、こういった名店の洗礼を受けた後でわたしは語るべきであった。
何も知らず焼鳥屋を評するなど失礼極まりない話だったのだ。
このように、帰り道に訪れた店が起点となって新たな行き先が続々と生まれていく。
女房と二人三脚でするこの食のアドベンチャーは涯てなくどこまでも続くのだった。