KORANIKATARU

子らに語る時々日記

ファースト・ネームで戦意挫かれる。

その昔、正式な書類屋であることを証すため会員証を首からぶら下げるよう義務づけられたことがあった。(今もそうなのかな?)
首から何かぶら下げるのが性に合わないので、窓口業務の際に会員証を一応持ってはいくが、身に付けたことはない。

生活指導の先生がいたら、めっちゃ怒られるだろうが、大人になるともう関係ないのであった。

その当時のことである。
阪神高速松原線の大堀出口を降り、大和川沿いを通って外環に左折し入った。
間もなく右折するという地点に指し掛かり、右車線へ移ろうとするが後続の白いサニーが入れてくれようとしない。
何度か「押し問答」のような動きを続け、半ば強引に割り込んだ。サニーは怒ったようである。

右折後も、サニーがケツにぴったりついてくる。こちらを突っつかんばかりである。めちゃ危ない。
サニーのハンドル握るおっさんは、こっちをグッと睨んで凄んでいる。

「このおっさん、なんでこんなにイライラしてるねん、これからハローワークにでも行って失業給付もらうんや、遅刻しそうでカリカリして世の中に当たり散らしてるんや」、と思いつつ、近道するため脇道に入った。何とか、サニーは振り切ったようだ。

車を停め柏原ハローワークであれやこれや用事を済ませた、その帰途のことであった。

さっきまでケツにぴったりついていたサニーのおっさん(以後、サニーという)がこちらに向かって歩いて来る。

身構えるより前に、つい笑ってしまった。
「ハローワークにでも行くんやろ」、という私の独り言が的中、図星であったからだ。

こっちが笑ったのをサニーは見逃さなかった。「なんじゃこらー、おまえ」って、目の前まで迫ってきて、絡み始めた。
「なに笑っとるんじゃ、おまえ、殺すぞォ〜、こっっらあ」。
怒鳴り声が徐々に勢いづいていく。
相手にすると厄介なので、無視して軽くかわすつもりが、サニーの次の言葉で、棒立ちになってしまった。
「なんやっ〜、た・か・も・り~、何か言うてみィッ。」。

わたしのファーストネームが「 たかもり」だ。
下の名前を呼ばれ、心が乱れた。
待てよ、このおっさん、遠い遠い親戚か、昔の知り合いか、と思い巡らしてしまった。
それで相手の顔をじっと見て、普段の親しみやすく気の優しい「たかもり」の表情を一瞬見せてしまった。

そこから、旗色最悪で言葉のめった打ち。ザラザラした河内弁が自己増殖し超弩級で嵩にかかってくる。
(甲子園球場で阪神を応援させたい逸材だ)
劣勢はもはや覆し難い。
サニーは、こっちが怯んだと直感したのだろう。

人がどんどん集まってくる。
これ以上関わってられない。

何とか平静装い、態勢を建て直さなければならない。言葉を返す。
(微かな震えを含んだような虚勢のトーンは隠せなかったかもしれない。)

「あ んな、こっちは仕事で忙しいねん、こんなとこでぶらぶらしてられへん。気済んだやろおっさん。早く窓口行けや、遅れんと失業給付もらいに行くんがお前の仕 事やろ。文句あるんやったら、ずっと聞いたるから、ついてこい」とこちらへ差し招くように手を出し、半身となってそこを退く。

賭けであった。サニーがついてきた場合、どうしていいか全くノーアイデアだ。

一歩二歩後ずさりする。サニーがついてくる気配はない。
振り返らず、歩を進める。車へ向かう。幾分早足になっている。
サニーの気が変わってついてきたら、ことである。大声で助け求めるくらいしか手立てがない。
サニーはついてこなかった。

車に乗って、謎が解けた。
車の助手席に、携行用の書類屋証を無造作に置いていたのだ。
書類屋証には、漢字表記の名の上に読みがなシールを貼ってある。

サニーは、私が窓口で業務していた間、外環で割り込んできたこの車を見つけ、凄みながらつぶさに見ていたのだ。
人目がなければ、車に傷くらいは付けられていたかもしれない。いやぼっこぼこにされていたかもしれない。

思い出す度、怖くなる。サニーが怖いのではない。
世の中には、こちらの物差しでは到底推し量れない、色々な人間がいることを思い、怖くなるのである。
相手がサニーでなく、セドリックだったら、もっと踏み込んできて、罵声浴びせられるどころか、刺されていた、ということだってあり得るのである。

そして、また思う。
絡んでくる際、上の名前でなく、下の名前を叫んだサニーに、その一点だけは、座布団一枚進呈だ。
下の名前で怒鳴って相手の戦意を挫く実戦テクニックは、勉強になった。
ファーストネームで怒鳴るなんて、さすが、サニーだけのことはある。