1
あいにくの雨。
これでは登山は無理だ。
さて日曜日、何をして過ごそうか。
そう頭を巡らせながら、急ぎの用事があって早朝にクルマを走らせ事務所へ行って帰って家に着いたのは朝8:30。
長男は友人宅へ出かけるところだった。
機内で見た映画の続きを手始めに、各自持ち寄った名作を皆で鑑賞するのだという。
家にあるDVDをカバンに詰め込んでいる。
私はその足で家内に連れられプールへと向かう。
せっかくの日曜日。
カラダを動かさないと気分優れない月曜となってしまう。
そう思って身を預ける。
天気の影響だろう。
プールは空いていた。
夫婦各々レーンを独り占めし心ゆくまで泳ぐ。
水に浮かぶだけでほっとする。
ヒトのカラダは、水とは昔馴染みの仲。
だから心身癒される。
日常を一時離れ、懐かしいような原初の世界へと戻る時間が、自らのネジを優しく巻き直してくれる。
60分も泳げば疲労がまさる。
何事もやり過ぎは禁物。
おかに上がる。
ちょうどいい感じのだるさにひたってジャグジーにカラダを横たえる。
生気取り戻した血が全身をほかほか巡る。
2
引き続いては岩盤浴。
スポーツの森からクルマで10分。
先週までは半額キャンペーンがあってごった返していたようだ。
キャンペーンは終わっていて胸撫で下ろす。
まずは岩塩房に入って寝転がる。
ふんわりとした暖かさに包まれる。
心地良すぎてニヤけてしまう。
次に昔風の設えを再現したという大汗房に入る。
ござの上に並んで座って子らについて話しながら大汗をかく。
体内の夾雑物が根こそぎ流れだすようなスッキリ感がたまらない。
そのようなことを繰り返す。
休憩時にたっぷり水を飲み、売店できゅうりを買う。
水分をたっぷり吸い込んだきゅうりが一本まるごと串にさされている。
ほのかに塩分がかおって、発汗後のカラダにドンピシャの味わいである。
夫婦で分けて食べる。
きゅうり。
こんな些細でありふれた野菜が末永く残る記憶のアクセントとなりそうだ。
仕上げは、熱波房でのアロマ・ロウリュウアトラクション。
思い残すことないほど汗をかききった。
3
岩盤浴は快適に過ごせたが、休日のみずきの湯の風呂は、混み合っている、という表現では足りない。
何かの製造工場であるかのようなシュールさで湯船にすし詰め、人体が並ぶ。
次の工程に運ばれる前に、ここで洗浄されている。
そのような図にしか見えない。
湯に浸かろうという気は失せる。
発汗によるデトックスは済ませてある。
シャワーだけを使って脱衣所に出る。
そこも混み合い、押し合い圧し合いしている。
裸体で巻き込まれる混雑に生娘のように肩をすくめる。
そして床がざらついている。
活発に動きまわったアスリートらが各所から持ち寄った砂が、出物腫れ物所嫌わずといった風にあちこちにばらまかれているのであった。
抜き足差し足のていとなれば自然と更に肩がすぼまっていく。
風呂の湯もきっとそうに違いない。
この日、人肌から湯に投下される砂量に湯船の自動洗浄の回流は追いつかなかったであろう。
風呂場を出ると既に家内が待っていた。
女風呂も同様であったようだ。
支払いを済ませ玄関に出る。
アスリートが次から次へと押し寄せ、泥を玄関の「中」ではたき落としている。
「外」ではたくのが常識だと思う私には奇異に映るが、郷に入れば郷に従え、であるのだろう。
地域ごと異なる流儀が連鎖し、それが当たり前の光景となったいく。
奇異と思う私が見慣れていないというだけの話であろう。
4
夕刻はガーデンズで映画でも見ようと話し合うが、時間帯がどれもこれも合わない。
休日のくつろぎにある二男を両挟みにしてリビングで過ごす。
テレビで放送されている「きっとうまくいく」を三人で見る。
二男が最も気に入っている映画でもある。
彼が見るのは三度目ではないだろうか。
私は四度目。
感動のラストの場面、見ると家内はスヤスヤと眠っていた。
ちょうどその頃合い、長男が帰ってきた。
家内がいそいそと食事の支度を始める。
たっぷりと肉を焼き、皆で絶品のバラ、ハラミを堪能した。
腹膨れそしてさらにくつろぐ。
日韓戦をテレビ観戦し大谷の投球に唸らされ、野球の後は長男が借りてきたスパイダーマン3。
夜は静かに更けていった。
久々に家族勢揃い、ぐーたらとした時間がゆったりと流れる日曜日となった。