インチョンからシャトルバスに乗って5分ほどでパラダイスシティに到着した。
まずは夕飯を食べようと二階にある人気の焼肉店を目指した。
名前を書いて順を待ちまもなく席に案内された。
客層は見るからに富裕な方々で占められ、階級社会上位の明け透けな標本とでも言うべき、ああこれでもかといった饒舌な顕示的装いにわたしたちは目を奪われ続けた。
食後はカフェへと場所を変えてアイスを食べた。
屋外としか思えないほど広々とした屋内の空間のなか、眼前を行き過ぎるハイソな民の隊列に目をパチクリさせ続け、ああいったい何が人をこう分け隔てるのだろう、この世の不平等にやがて背筋まで寒くなった。
ぐっすり眠って一夜明け、同じくシャトルバスにて空港へと移動してアシアナ航空のラウンジで食事した。
ビュッフェ形式で提供される料理を味見程度に食べ、カップラーメンのコーナーもあって少なくない人が食べていたからわたしたちも真似をした。
カップ麺を分け合っていると、いかにも富裕といった雰囲気の韓国人老夫婦が隣にやってきて英語で話しかけてきた。
先日、別府、湯布院、下関を訪れて日本がたいへん気に入ったとのことだった。
ロンドンで働いている娘に招かれて渡英する、ケンブリッジ大学に通う孫に会うのが楽しみといった話が続いて、こっちも何か話すよう促されたと思える間があってその瞬間を逃さず、「わたしたちもイギリスに行くんです」と家内が今回の旅の趣旨を説明し始めた。
ハネムーンでエディンバラを訪れて、その街の美しさに魅せられた。
いつかまた来ようと夫婦で約束し25年もの歳月が流れ、いままさに、その約束の旅へと出発するところなんです。
それぞれの言葉を継ぐように夫婦で交互にそういったことを説明し、結果、旅の趣旨をわたしたち自身が深く強く再確認することになった。
一緒にミリタリー・タトゥーをみて、8月なのにめちゃくちゃ寒くて長袖のトレーナーを羽織るだけでは足らず、持ち込んでいたホテルのバスタオルを肩に掛け合った。
そんな記憶がわたしの頭に鮮明に蘇っていた。
ああ、これは思い出に再会する旅であり、新米の初老夫婦が初心へと立ち返る旅なのだった。