旅先でもわたしたちは早くに起きる。
朝一番、陽の光に照らされる松本城を鑑賞しラジオ体操をする人々の間を歩きながら地元の息吹を肌で感じた。
今回の宿は、松本丸の内ホテル。
昭和初期の趣を残す歴史的な建物と充実した朝食を決め手として選んだ。
安曇野産のコシヒカリは格別で、どの料理も美味しく、味にうるさい家内も大喜びしていた。
朝食会場には家族連れの姿もあった。
わたしたちの視線は自然と一人の少年に向けられた。
もしわたしたちに三男がいたら、どんな子育てをしていただろうか。
わたしたちはいつもこのように子どもの話ばかりするのだった。
受験などの節目はすべて通過点に過ぎない。
後になって気付いた。
もちろん人生まるごとが学びのための通過点と言えるのだが、子育ての観点で言えば、中学受験や大学受験がゴールではなく、差し当たっては就職が一つの到達点ということができるだろう。
わたしたちは若かった。
人生を逆算して見る視点を持たず、そうした示唆を与えてくれる人も身近にいなかった。
冷静でいるつもりが、結局は周囲と同様、受験熱に呑み込まれてしまった。
中学に通れば未来は明るい。
そう思っていたが、勝負はそこからだった。
大学に入れば安心。
ところが、いい大学に入ったところで、就活は別種のルールに支配され、中高で賢かったはずの面々がことごとく袖にされていった。
そしてその悲惨の実情はあまり世間に知られていない。
それもそのはず。
身近には受験情報だけが溢れるなか、そもそも受験に関わる先生らが堂に入るほどの世間知らずで、大学名だけを誇るような実にナイーブな価値観に支配されている。
「実情」に不案内なそんな相手を「先生」と呼ぶのだから、これほどシュールな話もない。
そう状況を把握すれば、物心つく十代に必要なのは、大学受験のサポートよりもむしろ、社会に出るための意識づけだとの結論が導き出せるのではないだろうか。
受験の最高峰を目指す流れに巻き込まれ、膨大なエネルギーを注いでも、得られるものは意外なほど儚い。
三男がいたら、長男や二男の背中を見て、また適切な助言を受け、いつまでも輝かしい黄金の子ども時代を送ったに違いない。