疲労がピークに達していた。
肩が凝って明らかに血の巡りが悪くなっている。
のぼせたようなぼんやり感が拭えない。
凝った箇所が気になってしょうがなく落ち着いて座ってもいられない。
今回もまた疲労対策の初動を誤った。
微か感じ取った際にすぐに手を打つべきであった。
睡眠不足か飲み過ぎか、はたまた風邪気味なのだろうかと首を傾げる前に即座対策を講じるべきであったのだ。
うっかり放置すると徐々に疲労に慣れてしまって灯台下暗し、カラダの凝りが原因なのだと思い当たらなくなってしまう。
様子を見すぎて冴えない数日を過ごしてしまった。
無為にまごついたまま去って行った時間はもはや取り戻せない。
しかしこの期に及んでは疲労困憊であってもまず先に予定をこなさなければならない。
阪神電車で打出に向かう。
午後、晴れ間が広がっている。
以前と比べ光の明度がはっきりと増している。
まもなく春が到来するのだと陽の光が告げている。
電車に乗りつつも肩が張ってじっとしていられない。
手をクロスさせるようにして肩や首を押してみる。
じんと痛む。
しかしスーツなのでその姿勢が窮屈で長くは続けられない。
試しに手を揉んだ。
じんと痛むが気持ちいい。
ああイタキモ。
手を押してもあら不思議、首や肩が和らぐような感がある。
押せば押すほどなんだかとても楽になってくる。
手揉みザルのようにわたしは終始手を揉みつづけた。
打出での面談をなんとか快活にしのぎ、引き続き市内に戻って残りの面談も笑顔で終えた。
仕事片付き事務所へ急ぐ。
さっさとスーツを脱ぎ捨てたい。
何より早く首と肩を揉みほぐしてもらいたい。
しかしあいにくマッサージ屋の予約は詰まっていた。
早くて施術は七時半。
待つ時間がもどかしい。
いっそカラダを分解し目の前に肩や首を置いて不調を自ら正すよう揉みほぐせるならどれだけ爽快であろう。
そう想像すると強迫観念のようにそうしたくてたまらなくなってくる。
着眼を変え、まずはカラダを温めようと風呂へと向かうことにした。
ジャグジーにゆっくりつかって、ちょうどいい頃合い風呂をあがる。
脱衣所にヤンキー風情が二人いた。
一人が私の方に近づく。
心のなかさっとガードを固める。
彼のロッカーがわたしの横であったようだ。
「横、開けても大丈夫っすか」ととても丁寧な口調で彼が言う。
真っ裸。
わたしは怖い人に見えたに違いなかった。
服を着るのが躊躇われる。
どれもこれも上品で知的。
着れば着るほど、そのスジからは遠ざかる。
しかも最後にはメガネまでかけるのだ。
裸を見られないように、ではなく、服を見られないようにわたしはそそくさ着衣しそこを脱した。
向かうは野田阪神のリラク。
施術は林さんであった。
この人は上手である。
安心して身を任せることができる。
恍惚のイタキモの時間が始まった。
待ちに待ったイタキモ。
ああ、イタキモ。
念願のイタキモ。
夢にまでみたイタキモ。
もうひとつおまけに、ああイタキモ。
ああ、よっこらしょ。
本当にスッとした。
血流を阻害しカラダの周波を乱す疲労という憑物が駆逐された。
グッバイ、疲労、一生さようなら。
カラダがまっさら取り替えられたよう。
呼吸が楽だしカラダが軽い。
夜の空気を胸深く吸い込む。
ああ、人生。
ビバ、人生。
時間も遅いので、一人寿司屋に寄ってカウンターに腰掛ける。
ビールを飲んで寿司をつまむ。
人生満喫。
素晴らしき哉、人生である。
ひとり脱疲労の愉悦にひたっているとメールが入った。
帰りにハーゲンダッツのアイスを買ってきてとある。
お安い御用と返事する。
同じ帰途でも気分が違う。
コンビニに寄り、わたしは跳ねるよう、弾けるように家へと帰還した。