体調がいいと仕事が捗る。
だからこの日も仕事を終えて岩盤浴に向かった。
四十代の頃は毎日のようにプールに通い、プールのない世界など考えられず、それを想像しては恐れ慄いた。
五十代でそのプールが岩盤浴に置き換わったようなものである。
世界から岩盤浴が消えてなくなりませんように。
そう願いつつ、温まった。
休憩時、足浴をしながらスマホを眺めた。
堆積する粒状のセラミックボールのなかに膝下まで足を突っ込んで、その暖かさに浸ってこれが実に心地良い。
と、長男からメッセージが届いた。
プーチン、ほんまにやってもうたな。
世界首脳の叡智によって手が尽くされ、侵攻は回避される。
わたしも長男もそう思いこんでいたから、この日もたらされた侵攻開始のニュースは俄には信じ難いものだった。
長男に勧められ、先日、Netflixで「Us(アス)」という映画を観た。
バカンスを楽しむ四人家族のもとに、同じ姿かたちの四人家族が現れる。
ドッペルゲンガーをモチーフとする怖さ超絶のホラーであるが、その設定にわたしはいろいろと考えさせられた。
この世界のどこかにわたしたちのような四人家族が存在している。
そして、彼らがたどる境遇は、わたしたちがたどる境遇であったかもしれない。
わたしはわたしのことを「わたし」と思い、妻や息子たちのことを、わたしの「妻」と「息子」と認識する。
そこは古今東西、どこでも同じ。
そういう意味で、姿形はどうあれ根本的なところでどの家族も瓜二つと言って間違いない。
だから、彼の国にも、わたしたちがいる、ということになる。
当然のこと、他人事ではない。
その心中はいかばかりだろう。
不安で仕方なく、怖くて怖くて仕方ないのではないか。
そう思うと、胸が締め付けられる。
しかし、できることは何もない。
考えてもどこにも行き着かず、底なしの無力感を覚えるだけのことである。
この侵攻をきっかけに、平和ボケ日本のなかのタカの群れたちが勢いづくのだろうか。
「やつらをぶっ殺す、息子たちよ、武器を持って俺の後に続け」
そんなことを言う父親には絶対になりたくない。
ギリギリのギリギリまでハトにこだわりタカにはならない。
そう心に決めて、岩盤の上に静かに身を横たえた。