夕飯を食べた後、新橋でマッサージを受けよう。
当初、家内とそう話していたが、新橋の実像を目にしてしまってはとてもここでマッサージを受けようという気持ちになれなかった。
それでマッサージはあきらめタクシーに乗ってホテルへと戻った。
新幹線の車中も含め早朝からあれこれ細かい作業を短い時間に詰め込みすぎたからだろう。
夜になって疲労感が押し寄せてきた。
家内がお茶をいれてくれ一息つくが、階下のサウナへと行く気力さえ湧かない。
さっさと眠ろうとわたしはシャワーを済ませて横になった。
しばらく後、家内がサウナから戻ってきた。
頭の中が疲労で腫れて火照ったみたいになっていて、わたしは眠ろうにも眠れなかった。
耳つぼマッサをしようか。
家内の申し出はだからわたしにとって願ったり叶ったりであった。
蒸しタオルで頭部を温め、軽くほぐれたところで頭から首筋にかけ指圧していく。
それだけで十分に気持ちがいい。
そして耳つぼを器具で圧していく作業が仕上げになる。
耳には無数のツボがある。
押されるとあちこち痛いが、同時にカラダの芯がぽっと温まる。
差し引き、気持ちの良さがはるかに優った。
家内が耳つぼマッサに取り組んだのは何年前のことだろう。
エネルギーの塊である家内であるから常に何かしないことには収まらない。
縁があって講座に通い実地訓練も経て、見事短期間でその技量はお金をとれる域へと至った。
別にそれを生計の足しにする必要はなかったが、人によくする家内の性格にぴったりだったから、わたしも家内の耳つぼ活動に賛同した。
あちこちで施術の機会を得て人に喜ばれ、それは家内にとっても喜びだった。
あるとき芦屋で耳つぼマッサを披露できる機会があった。
いそいそと家内は出かけ、しかし話は食い違っていたようだった。
すげなくあしらわれるような態度を取られ、それでもガッツある家内であるからそこに待機した。
サロンのような集まりで皆が優雅にお茶を飲むなか、土間のような場所にかがんでタイミングを待った。
しかし、視線は合うもののお呼びでないとの空気感が強まるばかりで、さしもの家内もいたたまれないような気持ちになった。
「お忙しいようなので、また今度」と言ってその場を辞す他なかった。
以来、家内の耳つぼマッサの恩恵に浴するのはわたしたち男子3人のみに限られることになった。
頭のなかで爆ぜていた火焔が鎮まり、やわらかに全身を包むような平穏が訪れた。
憑き物が落ちたみたい。
まもなくわたしは安らかな眠りの世界へと吸い込まれていった。