通りに立つだけで凍えて身が縮むような極寒の日、新規の営業案件があった。
外国人オーナーが本邦にて美容クリニックを展開する。
現在、本国にて経済の先行きが不透明で、いつなんどき手持ちの資産が凍結されるか見通せない。
そんなとき信頼を寄せることのできる国の筆頭に挙がるのは我が国なのだった。
助力を求める専門家についても日本人が好まれる。
同国の民より信用ができる。
それが彼らの経験則なのだという。
記念すべき第一歩となる事業について継続的な助力を求められ、わたしは喜んでこの日、市内某所を訪れた。
業歴が長くなると、棚からぼた餅という頻度が増えてくる。
だからこんな案件が転がり込んでくる不思議にもだんだんわたしは慣れてきた。
しかし顔合わせを前に、さしものわたしも身震いを禁じ得なかった。
なんであれはじめが肝心。
舞台にあがる前の若手芸人さながら。
気持ちが怯まぬよう、自身の前途を自信たっぷりに凝視して自らを鼓舞せざるを得なかった。
そのようにしてビルの一階の姿見の前に立ち自撮りして、家族4人のライングループにその自画像をアップし、そこにこうコメントを付した。
家族番号001 ニックネーム パパ。
これからいくさ場に乗り込む。
こうすれば自らを更に奮い立たせることができる。
わたしは一人ではなく、背後に千人力の味方を擁しているのだった。
約1時間後。
なごやかに面談を終え、わたしは表情も晴れやかに、ひとりビルの外へと踊り出た。
突き刺すような冷気さえ心地よく感じられた。
わたしは歩きながら、ライングループにメッセージを送った。
「無事、成約」
3つの既読がすかさずついた。